第43話兄様と一緒に
「ミルフィ、ごめんね」
ガスパール先生がお父様達と部屋を出て行ったのに、兄様は私のベッドの上で何故か座ったままごめんねと言い始めたから理由が分からず首を傾げて兄様を見つめる。
「ミルフィ、ごめんねする?」
何を言うのが正解なのか分からなくて兄様の言葉を繰り返し、じいっと兄様のお顔を見つめる。
幼い顔の兄様は、凛々しいけれど愛らしい。
以前の私は兄様に好かれてはいなかったのはもう理解しているし、今の私はまだ嫌われてはいない程度だと思うけれど、兄様がこうして近くにいてくれるだけで嬉しいと思う。
「ミルフィが辛い思いをしていると気が付かなかった」
「つら、い?」
ミルフィはそんな言葉を知っていただろうか、分からないから首を傾げる。
「痛かったね」
ミルフィの頬を兄様の手が撫でる。
やっぱり兄様の手は、近くに来ても怖くない。
「ミルフィは自分に無意識に魔法を使ってしまうほど、ずっと痛くて辛い思いをしていた。僕は全然気が付かなくてごめんね」
恐る恐るそんな顔をしながら兄様はもう片方の手も私に伸ばし両手で私の頬を撫でた後、子供の短い腕で私を抱きしめた。
「ミルフィはこんなに小さいのに、君が我儘を言うのには理由があったのに。あんな人の言葉を信じていた私達は大馬鹿者だ。君の人生を歪めて、ごめん」
抱きしめて私の顔を見つめてから、そっと髪を撫でてくれる。
私の癇癪を誤魔化すように、私に優しくしてくれたことは以前もあったと思う。でもこれは、それとは違う気がする。
兄様は今、私と自分のことを言った? 言い間違えだろうか。
「歪め?」
「いいんだ、分からないだろう。いいんだよ。許してくれなくてもいい。謝るのはただの自己満足だから」
兄様は悲しそうな顔でもう一度「ごめんねミルフィ」と言うと、私の体をベッドに横たえて毛布を掛けながら自分も隣に寝転んでしまう。
「お兄ちゃま?」
「さっき、沢山の傷を見せられて怖い思いをしたね。ミルフィが眠るまで側にいるよ」
こんな優しい言葉を掛けられたのは、以前を含めても初めての事だと思う。
夫ですら私に優しい言葉をくれたことは無かった。
子を産んだ時すら、労りの言葉は無かったのだ。
政略結婚の冷え切った関係、我儘な娘だった私は子供から大人になる過程で両親に見限られていたから、家族の愛情なんて知らなかった。
貴族の家庭なんて、これが普通だと思い込んでいた。
「お兄ちゃま」
あぁ、涙が出そうだ。
せめて、大好きな兄様には好かれていると思っていたかったのに、やっぱり以前の私は兄様に気遣われた事など一度もなかったし、好かれてもいなかったのだと今更思い知らされてしまう。
私に向けられる笑顔は作り笑いだった、兄様は私を鬱陶しく思っていた。
それでも私はお兄様が大好きだったから、あんなに早く亡くなって欲しくなかった。
「どうした?」
「もう一度頭を撫でて、あにょ、やっぱりいいでしゅ」
変なことを言ったと、焦って言葉が乱れる。
この幼い体は、油断するとすぐに自分の思うように動かなくなるから困る。
「ふっ。これくらいいつでもしてあげる。僕に甘えていいんだよ、ミルフィ。僕は君の兄なんだからね」
「お兄ちゃま」
ぎゅうと頭を抱きしめられて、今度は少し乱暴に撫でられた。
「いくら悔やんでも足りないな」
小さく懺悔の様に呟く兄様の悔いとは、私に向けてなのだろうか。
私には悔いが残っている。
兄様を死なせてしまったことだ。
私が真剣に魔法を練習していたら、あんな風に兄様を死なせずにすんだ。
死ぬなら私でよかった。
あの時、きっと両親だけでなく兄様を知るすべての人がそう思っていた。
「お兄ちゃま、ミルフィと魔法の勉強しゅるの、嬉しい」
「大変だけど頑張れるかな」
「お兄ちゃまと一緒、ミルフィ頑張るのよ」
絶対に魔法の腕を磨いて、お兄様を救う。
何故か私に優しくしてくれる様になって、笑ってくれる様になった兄様を絶対に死なせたりしない。
若かった兄様が、成人にもならずに命を終えるなんてことあってはいけないのだ、絶対に私が兄様を死なせない。
心に誓って私は目を閉じた。
眠りに落ちながら決心する私の隣で、暗い目をした兄様が悲しそうに私を見ているとは知りもしなかった。




