第41話魔法を使えるのは何故
「お嬢様は家庭教師であった子爵夫人に虐待されていたと伺いました。言葉だけでなく体罰もあったと」
「それとミルフィの魔法は関係ないだろう」
ガスパール先生の話に戸惑っているのは、両親だけでなく私も同じだ。
夫人は幼いミルフィに体罰を行っていた。
以前の私は殆どそれを覚えていなかったみたいだけれど、誰からの手が私の顔に近付きそうな気配だけで無意識に体が硬直してしまうほど私の体は暴力を刷り込まれていたのだと思う。
私に手を差し出すのではなく、相手の手が近づくのは打たれる時だと以前の私の体は覚えていたのだ。
私は自分が出来の悪い娘だと知っていた。
子爵夫人に私は出来の悪い愚かな娘だとそう思い込まされて、でも上位貴族の娘なのだから私は偉く、使用人なんて蔑みの対象だと選民意識も同時に思い込まされていた。
家格が下の人も使用人も私より下の存在で、そんな下の人間に出来の悪い自分を知られるのは恥ずかしいことでしかなくて、私は自分の出来の悪さが皆に知られないように常に虚勢を張っていた。
外だけでなく、屋敷の中だって気は抜けなかった。
すべての人が私が失敗するのを見逃さないようにしている、足を引っ張る機会を狙っていると恐れていた。
兄様が亡くなって、両親が陰でどうせ子を失うなら兄様ではなく私が死ねば良かったのにと言っているのを聞いた後からその思いは益々強くなった。
今の私がそこまで酷い感情を持っていないのは、三歳まで生きたミルフィの心があるからだろう。
以前の私の記憶と心だけでは、きっと今も以前と同じように誰にも心を許さず疑っていたと思う。
以前の私なら素直に人の優しさを受け入れることも、他人の笑顔も受け入れられはしなかったと思う。
だけど今は違う、今の私はまだ両親から愛情を向けられていると信じている。兄様の笑顔を信じている。
でもそれは私が授業を受けたくなかった理由に両親が気が付いてくれたから、我儘に見えていた私の行動には理由があって、夫人から両親に告げられていた授業中の酷い態度はのは嘘だったと分かったからこそ、私は両親に見捨てられていないのだ。
あのまま夫人が家庭教師のまま授業を受け続けていたら、きっとその内以前の様に両親に呆れられて見捨てられただろう。
両親が私を見限っていないそれは今の私の安心で、でも同時に不安材料でもあった。
何かのきっかけがあれば、両親にまた見限られてしまうかもしれないのだ。だから気は抜けない。
「体罰は当たり前のように行われていたようだ。それを私達は知らず。子爵夫人が言うミルフィの我儘を私達は愚かにも信じていた」
お父様が懺悔の様にそう言うのを、私は不思議な気持ちで聞いていた。
授業を受けたくないと理由も言わずに言うだけなら、それはただの我儘に見えても仕方がないし、そんな私と家庭教師の夫人ではどちらを信じるかなんて明らかだ。
その問題行動の原因は夫人だったとしても、両親たちの目に映る私は困った子供でしかなかったのだから。
それなのに、どうしてお父様は後悔しているような顔でガスパール先生と話しているのだろう。
「ガスパール先生、ミルフィは、私の娘は自分が馬鹿だと、生まれたことすら罪だと謝罪していたのですよ。侯爵家の娘が、そんな風に謝罪するのが当たり前だと思い込まされていたのです」
「子爵夫人は何故そんな愚行を」
「あの女は、愚かにも私の妻になれると思っていた様なのです。私の妻は政略で私に嫁いできましたが、私は妻との関係は婚約してからずっと良好でしたし他の女性に目を向けたこともありません。ですが子爵夫人は自分こそが私に相応しいと思っていた様です」
両親の仲は以前の時も良かったと思う。
私と夫は政略での繋がりでしかなかったけれど、両親は違っていた。
「愚かですな」
「全くです。愚かな考えを持った挙げ句ミルフィを苦しめ続けたのですから」
「謝罪させただけでなく、体罰も与えていたのですな」
「私が授業の様子を見た時には定規でミルフィを叩いていましたし、胸元を掴み罵声を浴びせてもいました」
「ミルフィお嬢様はまだ三つですぞ! それを定規で叩くなど、躾ですらありません」
躾用の鞭は存在する。
音だけが大きく出て、傷が出来にくいものだ。
それを使い使用人を躾ける貴族はいると、以前の私は知っている。けれどあの鞭は子供に使うものではないし、子爵夫人が使っていたのはその躾用の鞭ですらない。硬い定規で、何度も何度も叩くのだ、私が泣いても止めるどころか泣けば泣くだけ叩かれる。
「侯爵、試してみてもいいでしょうか」
「試す?」
「お嬢様が魔法を無意識に使っていた理由ですよ」
「何か試しを行えば理由が分かるのですか。ならばお願いします」
「分かりました。ミルフィお嬢様、怖くも痛くもありませんから、私に両腕を見せてくれませんか」
ガスパール先生が何をしようとしているのか分からないけれど、この人は私に悪意を持っていないと知っているから私は言われるままに両腕を先生に見せた。
「慈しみ優しき神よ、この者の体の記憶を呼び覚まし給え……」
私の服の袖をまくり上げ行うガスパール先生の詠唱に、私は目を見開いた。
私の記憶違いでなければ、これは体の再生の魔法じゃなかっただろうか。上級魔法で術者の膨大な魔力を使うはずの魔法をなぜ今使うのか分からなくて私は目を見張る。
「これは」
「そんなっ」
「やはりそうでしたか」
両親の悲鳴の様な反応に、ガスパール先生は小さく頷いた。
先生の詠唱の後幼い私の細く柔らかい両腕に現れたのは、むごたらしい沢山の傷だったのだ。




