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後悔はなんだった?  作者: 木嶋うめ香


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第37話お兄ちゃまとお茶会、そして

「お兄ちゃま? わあぁっ、あっ」


 兄様からの突然の誘いへの期待に胸を膨らませながら歩いていた私は、目の前に見えてきた景色に声を上げてしまい慌てて片手で口を塞ぐ。

 以前の私は自ら教育の機会を逃した愚か者だけれど、それでも貴族の女性として感情を乱さないことは出来ていたと思う。だからこんな風に感情のまま喜びの声を上げることは無かったと思う。

 それなのに今の私は、喜びの感情のまま声を上げてしまった。

 これは以前の私に今の幼いミルフィが混ざってしまった結果なのだろうか、まだ幼いとはいえ気を付けないといけないと気を引き締める。


「パティ、凄いわ。お兄ちゃまがあれを用意してくれたのかな」


 庭で私の到着を待っていたのは、お菓子が沢山盛り付けられたお皿がいくつも置かれた丸テーブルだった。

 丸テーブルの側に置かれた横長のテーブルには、色とりどりの果物を盛り付けた籠が置かれ、まだこの頃には珍しかったはずのチョコレを溶かしたソースが入った大きなガラス製の器まで置いてある。

 丸テーブルの中央には、浅い花瓶に生けられた綺麗な花が飾られていて、まるで貴族のお茶会だ。

 勿論私は貴族の娘だけれど、こんなお茶会をスフィール侯爵家の屋敷で行ったことは一度も無い。

 

「お兄ちゃま!」

「ミルフィおいで。パティは給仕を手伝いなさい」

「畏まりました」


 パティが白い制服を着て立っている給仕の側へ歩いていくのを横目に、私は兄様のところへ急ぎ足で向かう。


「あっ!」


 兄様までの距離はほんの十数歩程度だった。

 だから兄様もパティを私から離したのだろう、なのにたった十数歩の距離で私は盛大に転んでしまったのだ。


「お嬢様!」

「ミルフィ!」


 とっさに両手を付いたお陰で顔は無事だったけれど、転んだ衝撃を耐えた手の平は、擦り傷だらけになった。

 体を辛うじて起こして両手を呆然と見ていた私は、赤く滲み出始めた血に顔をしかめた。


「痛いっ」


 私はギュッと瞼を閉じた、痛いよりも恥ずかしい。

 使用人達が沢山いる前で転んだのだ、私が軽率に急ぎ足で歩いたせいで転んでしまった。


「ミルフィ、立てる? 怪我は?」


 私の側まで来た兄様は、痛さと恥ずかしさで立てずにいる私の名を呼んだ。


「手を見せてご覧、血が出ているね。あれ、傷?」

「お嬢様っ」

「パティ布を濡らして来て、ミルフィ座ろう」

「ミ、ミルフィ。走って、転んでしまってごめんなさい。ゆっくり歩かなくちゃいけなかったのに、ミルフィ嬉しくてつい走っちゃったの。お兄ちゃまが用意してくれたのに、ミルフィ……ごめんなさい」


 折角兄様が用意してくれたのに、自分で台無しにするところだった。

 もしテーブルに倒れ込んでいたらと思うと、涙がこぼれそうになった。


「……謝れたのは偉いね。ミルフィ」


 俯きながら椅子に座った私の頭を、兄様が撫でてくれる。


「セドリック様、布を濡らしてまいりました」

「パティ、僕がやるから」


 パティから布を受け取り、兄様は私の手を優しく拭いてくれた。


「え?」


 驚きで声を出したのは私だったのか兄様だったのか、血が出るほどの擦り傷だから拭かれたら痛いだろうと身構えた私に、その痛みは訪れなかったのだ。


「血の跡があるのに傷が無い?」


 兄様の声はそのまま私の疑問になった。

 何故傷が無いのだろう。

 確かに私は怪我をしたのに、どうして。


「ミルフィは魔法を使ったの?」

「魔法?」


 兄様に聞かれて首を傾げる。

 とぼけたのではなく、本当に分からなかった。 

 私はどうすれば治癒魔法が使えるか知っているし、魔法が発動したらどう感じるかも覚えている。

 今、そんな感覚は無かった。

 そう考えて、すぐに違うと否定する。魔法を使った感覚は無かったけれど、魔力は使った様な気がする。


「無意識に使ったのか?」


 呟く様な兄様の声は、私の耳にもはっきりと聞こえた。

 そうなのだろうか、でもそんな器用なこと私に出来るだろうか。


「パティ、ミルフィに怪我は無いようだからお茶の用意をして」

「畏まりました」


 パティに布を手渡しながら兄様は、お茶の用意の指示を出した。


「お兄ちゃま」

「ミルフィが頑張って嫌いなものを食べるようになったご褒美だよ。僕とお茶会してくれるかな」

「いいの? ミルフィ走って転んだよ。悪い子って叱らないの?」


 走るのは危ないから駄目だと言われているのに、それを聞かずに転んだ私を兄様は叱らなかった。


「叱らないよ。ミルフィは自分の何が悪かったのかちゃんと気がついて謝ったからね。少し前なら癇癪を起こして暴れていただろうに。良い子になったね、ミルフィ」

「お兄ちゃま、ミルフィ良い子になるのよ」

「そうだね。さ、ミルフィの好きなものを揃えたよ」

 

 綺麗で美味しそうなお菓子を見て、私はあれもこれも食べたいと目を輝かせた。

 そんな私に優しく話し掛ける兄様が、何かを考えていたことを私は気がついていなかった。

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