第38話パティへの加減が分からない
「お兄ちゃまとお茶会、楽しかったぁ」
体の弱い兄様が長時間外に居られるはずは無く、二人だけのお茶会はすぐにお開きになった。
大量に余ったお菓子の一部を貰った私は、パティにそれらを持たせてご機嫌で廊下を歩いていた。
兄様と私の部屋は離れているから、一緒には戻れない。
以前は私だけが両親から離されているようで面白くなかったが、今は納得しているから気にせずにいられる。
「良かったですね、お嬢様」
「嫌いなもの食べたから、ご褒美なのよ」
わざと拙い話し方をして、パティに自慢する。
たまに忘れてしまうけれど、まだ私は三歳なのだし兄様の様に賢くもないのだから気をつけなければならない。
ジョゼットとパティにはある程度気を抜いてもと考えた時もあったが、パティの心の奥底にある感情に気が付いたら警戒はどれだけしても足りないと思うようになった。
「チョコレ美味しいの」
溶かしたチョコレを果物に付けて食べるのは、私が幼い頃はとても贅沢とされていた。
チョコレの材料は、スフィール侯爵領の迷宮でもたまに採取できると聞いたことがあるけれど、殆どは他国からの輸入されたものだと以前聞いたことがある。とても貴重で高価な食べ物だ。
だから、もし私が希望しても料理長は用意してはくれなかっただろう、兄様だから用意できたのだ。
部屋に戻ったらもう一つ位は食べてもいいだろうか、そう考えて立ち止まった。
「パティ、お菓子もっと食べたら駄目?」
「先程沢山お召し上がりになっておいででしたので、これ以上は夕食にひびきますよ」
お菓子が入った籠を持ちながら、私を諭すパティの口調はキツイ。
周囲に私達以外いないから、こんな口調なのだろう。
それに私は慣れつつあった。
「そっか。明日ならいい?」
果物を切ったものは、明日は食べられないだろう。
兄様が好きなものを選んで良いというので、後先考えずに選んでしまったけれど無駄になってしまう。
「果物にチョコレを付けたこちらは、明日お召し上がりになるのは難しいかと存じます」
「そうなの?」
予想通りの答えが返ってきて、がっかりしてしまう。
幼い私が次にこれを食べられるのは、いつになるか分からない。
それに折角兄様が用意してくれたものを無駄にするのは、とても申し訳なかった。
「夕食食べないで、これを食べたら駄目?」
「お菓子の食べ過ぎで夕食を取れないなど、旦那様も奥様もセドリック様も呆れてしまわれると思います。それにお菓子を夕食を取れないほど食べ過ぎるなんてとても恥ずかしいですよ」
パティの言葉は正しい。
正し過ぎて悲しくなって、俯いてしまう。
「お兄ちゃまがくれたのに」
「日持ちするお菓子もございます。そちらを明日お召し上がり下さい」
それはそうだ、チョコレをつけた果物は諦めよう。
「じゃあ、パティとスザンヌは?」
「私と妹が何か」
「食べたら夕食食べられない? ジョゼットも?」
「私達にこちらを頂けると仰るのですか」
あれ、何故だろう。パティの顔が歪んでいる様に見える。
「だって、ミルフィは食べたらいけないんでしょう?」
「ええ」
「明日はもう食べられなくなるんでしょ?」
「はい」
「すっごく美味しいのよ、お兄ちゃまがミルフィに用意してくれたのよ、とっても美味しいのよ」
高価なものだ、勿体無いとは私は言えないから、美味しさだけを強調して話すけれど、それを聞いたパティの顔は一瞬だけ険しくなった後で笑顔になった。
パティが笑っているのに怖いなんて、そんなことあるだろうか。でもそう感じてしまった。
「妹が喜びます。チョコレを口にするのは初めてですし、こんな高級な果物も」
「そうなの?」
すっかり聞き慣れてしまったパティのこの声、怒りか不満を堪えているのはジョゼットの時に理解した。
それと同じ声。
「喜ぶ?」
「ええ、きっと。お嬢様はなぜ私達に下さるのですか」
「下さる?」
何が言いたいのだろう。
パティが私の言動に不満を持っているのは分かっても、それが何か分からない。
「先日の果汁もこのチョコレも」
「パティいらない?」
「そうではなく! 私達に施しのつもりですか。自分はどんなに高級な菓子や果物でも望めばいくらでも食べられるけれど、お前達は違うだろうって言いたいのですか」
「施し?」
私が二人を下に見ていると思っているのか、でも私はパティの雇い主の娘でパティが仕える主人の娘でもある。
上下関係で言えば私が上になるのは仕方のない話だろう、パティはスフィール家に雇われている使用人なのだ。
前回の私がそうだった様に、使用人を人だと思わない貴族は大勢いるし、この国では貴族と平民は立場が天と地ほども違う。
生まれは貴族でも男爵家から追出されたパティ達は、今は平民でしかないのだから貴族の頃の気持ちを持ったままなのは辛いだろう。
私はそれを想像することしか出来ないしこんなことは口が裂けても言えないけれど、パティが貴族に戻ることは以前を考えると絶対に無いのだから早く割り切ってしまった方がいいのだ。
「お兄ちゃまに美味しいお菓子を貰って嬉しかったから、パティとスザンヌも同じかなって。駄目なのかなぁ?」
「駄目ではありませんが、そうですよね三歳の幼児が施しとか身分差なんて分るはずないのに」
パティの呟きは最後の方は小さくなっていったから、私にでは無くうっかり声に出てしまっただけなのだろう。
パティがジョゼットに以前言っていた様に、自分も貴族の娘だったのにという意識があるのなら私に施されるというのはさぞかし自尊心を刺激されることだろう。
だがそれは、私はもう食べられないからチョコレを付けた果物は処分して、そうパティに指示しても同じだろう。
幼児の私に食べ残しを施されるのも、自分が食べたくても食べられないものを私に捨てろと命令されてそうするのも、どちらも不快に感じて自分だって父が生きていればと思うだろう。
私が何を言っても何をしてもパティが不快に感じるのなら、それならばパティとパティの妹に美味しいもの捨てることなく食べてもらった方がいい。
「美味しいから食べて」
無邪気な幼児を装ってそう言えば、パティは悔しそうな顔をしながら頷き礼を言った。
私に施されていると感じて、悔しく悲しいなら食べなければいい。だけど、パティは妹とジョゼットと三人でチョコレを食べるのだろう。
だって甘いものは貴重だ。
貴族の娘である私だって、以前の私が食べたいお菓子をお茶の時間に出してもらえるようになったのは、兄様が亡くなって私が次期当主になると決まってからだった。
私の食事を夫人が管理していたこともあるけれど、甘いお菓子を沢山食べるなんて出来なかった。
「ありがとうございます。お嬢様貴重なお菓子を頂けるなんて幸せです」
真面目な使用人の顔を作りパティは私に礼を言うけれど、その口元はひくひくと引きつっている様にも見える。
前回もこんな顔で笑っていたんだろうか、記憶を探るけれど思い出せはしなかった。




