第33話お昼寝の後は……
「そろそろお昼の時間だけど、まだお嬢様はお休みになっていらっしゃるから、厨房にそう伝えていらっしゃい」
「はい」
私がパティの本心がどこにあるのか考えている内に、二人の話は違う方へ行ってしまったようだ。
もうお昼なのか、私には僅かに感じたけれどだいぶ時間が経っていたのかもしれない。
「あなたは先にお昼をいただいてきなさい。それからスザンヌにも食べさせてくれるかしら」
「はい」
短い返事だけで、パティは部屋を出ていってしまった。
パティの妹スザンヌが、日中どんな風に過ごしているかなんて想像した事もなかったけれど、いつもあの薄暗い部屋で一人でいるのかと憂鬱な気持ちになる。
自由に出歩けず、狭い部屋にいるのはきっととても辛いと思う。
「ごめんなさいね、パティ。私が不甲斐ないばかりに苦労させてしまって」
ジョゼットの悲しそうな声、ジョゼットの夫だった男爵が存命なら二人はこの屋敷で働くことはなかっただろうしもっとジョゼットがしっかりしていれば、パティを次期当主にして自分を後見人とすることも出来ただろう。それができず家を追い出されたのだから、自分を不甲斐ないと後悔するのは当然なのかもしれない。
だけどパティが成人していたならともかく、幼い女の子と寡婦では領地を治められないのだから諦めるしかないと思う。能力の無い領主が領地を治めるほど、領民にとって不幸なことは無いからだ。
侯爵領の広大な領地だろうと、男爵領の狭い領地だろうとそれは同じだ。
「私は不甲斐ない母親なだけでなく、乳母としても失格ね。私がもっと気を付けていればお嬢様はあんなに傷付かずにすんだのに。どうすれば償えるのかしら」
冷たいことを考えていた私の耳に聞こえてきたのは、私に対する後悔の言葉だった。
ジョゼットは私を本心から心配している? 先ほどのパティの発言から考えたら彼女には恨まれているとしか思えないのに。それでもジョゼットは私を心配しているというのだろうか。
信じられない思いで私は寝ている振りがばれないように、ゆっくりと呼吸する。
「幼い子供があんなに怯えて、一年近くも理不尽な暴力をうけていたなんて。旦那様が確認しなければずっとそれが続いていたかもしれないなんて。私は乳母失格だわ」
乳母だから、それだけの理由でジョゼットは後悔しているのだろうか。
パティが悲しんでいるのは私のせいなのに、ジョゼットはパティの悲しみを知りながらそれでも私を心配しているのだろうか。
眠った振りをしながら、私は混乱し続けていた。
※※※※※※
「ミルフィーヌお嬢様、怖い夢を見たりはしていないですかな?」
「怖い夢?」
数日後、兄様の往診のついでに私の部屋に立ち寄ったガスパール先生に不思議な質問をされて私は首を傾げる。
そうしながら夢のことを考えていた。
「最近見た夢を教えて頂けますか」
「夢、暗いところに座ってるの。誰もいないの」
それは昨日見た夢だった、いいや昨日だけでなくパティの本心を知った日から何度も見ている夢だ。
「暗いところ、ですか」
「うん、とっても暗いの」
ガスパール先生に答えてから、側にパティがいたのだと思い出しその続きが話せなくなった。
「他に覚えていることはありますかな」
何度も繰り返し見たから覚えている。
夢の中で私はパティと手を繋いで歩いていたのに、何もない場所に急に置いていかれてしまうのだ。
私を置いて、パティは一人で歩いていってしまう。
私が置いていかないでと泣き叫んでいても、パティは後ろを振り返らない。
何もない見通しがいいはずのそこは薄暗くて、歩いていくパティの背中が薄闇に呑まれて見えなくなる。
その時パティは一人じゃないと気がついた。見覚えのある背中、背の高いその人と手を繋ぎパティは去っていくのだ。
二人は一度も振り返らずに、去って行き私は一人取り残されてしまう。
「誰かその場所には」
「あの」
言えないパティがいたなんて。言えるわけがない。
「先生が」
「子爵夫人ですかな」
「うん。ミルフィを見つけて怒るの」
苦し紛れに嘘を吐く。
先生、子爵夫人に甚振られ罵倒される夢を見ることが、以前の私には度々あった。
大人になってからの話だ、何度も何度も繰り返し夢に見た。
助けてと言っても、誰も来てくれず逃げ切れない。
服を乱暴に掴まれて罵倒される、恐怖で目をギュッと閉じるとそこで目が覚める。
目覚めた時夢だったのだと安堵して、でも夫人は現実に私の側で私を出来損ないだと蔑んでいると絶望する。
「ふうむ。お嬢様、もう不安はありませんか?」
「不安?」
「ミルフィーヌお嬢様は幼すぎておわかりにならないのかもしれませんなあ」
ガスパール先生が言うのは、私が夫人を恐れているかどうかだろう。
だけど、私が今恐れているのは夫人ではなく、パティだった。
彼女は私を嫌っているのだろうか、私を恨んでいるんだろうか。
時々パティは私を睨むように見ている時があると気が付いたのは、つい最近の事、あのお昼寝の後からだ。
その視線に気が付きパティの心を知ってしまったから、その不安からパティの夢を見てしまったのかもしれない。
「ガスパール先生、魔法ってミルフィ使えるの?」
これ以上夢の話をしていたくなくて、無理矢理に話題を変える。
だけど魔法の話は唐突過ぎたのか、ガスパール先生が驚いた様に目を見開いて私を見ている。
「お嬢様が魔法をですか?」
「うん。ミルフィはガスパール先生みたいに魔法使える?」
それは、ここ数日ずっと疑問に思っていた事だった。




