第34話魔法の練習はいつから
「そうですなあ、ミルフィーヌお嬢様が魔法を使える可能性は高いでしょう。侯爵に魔法の才能がございますし、侯爵夫人のご母堂は治癒魔法の優れた使い手でしたからな」
お母様のご母堂、つまりおばあ様だ。
おばあ様は、私の夢に出て治癒魔法を私が使えるようにしてくれたという理由が成り立つ程度には、治癒魔法が使えていた方なのだと思う。
いくらこの国で亡くなった人が夢に現れて助けてくれると信じられていても、おばあ様の力を信じられていなければ私がいくら夢で見たと言っても誰も納得しなかっただろう。
「魔法の才があるかないかは調べれば分かります。ですがまだミルフィーヌお嬢様は幼くていらっしゃる。セドリック様もまだ確認されてないのですから、もう少し大きくなるまでお待ち下さい」
「今は駄目?」
分かったような分からない様な、そんな顔で返事をして「魔法いいなあ」と呟いてみた。
「ミルフィーヌお嬢様は魔法に興味があるのですな」
「興味? あのね、ミルフィは、魔法の勉強をしなさいって必要なんだって言うのよ」
こんなことを言っても、ガスパール先生が私に魔法を教えることはないだろう。
私の常識が間違っていなければ、魔法の適性を確認してからでなければ高位貴族の子供でも魔法を教えてはもらえることはない。
そもそも魔法を覚えるのは簡単ではないし、使いこなすには訓練が必要なのだ。
「魔法の訓練は危険が伴うものですし、幼い子には酷なのですよ」
ガスパール先生の言い方に、私はただ先生の顔を見つめた後パティに視線を向ける。
相変わらずガスパール先生は難しい言葉を使う。優しい方なのは確かだけれど、その辺りの融通がきかない方でもあるのだ。
「ガスパール先生、僭越ですがお嬢様には少しお言葉が難しいかと」
私の視線を受けパティが先生にそう言うと、やっと納得したのかポンと膝を打ち言い直してくれた。
「おお、そうでしたか。ミルフィーヌお嬢様、魔法はもう少し大きくなってから。それまでお待ち下さい」
今度はかなり大雑把な説明になった。
説明ですら無くなって、駄目だと断言されてしまった。
「待つの? どれくらい? 何回眠ったら良いの?」
この聞き方は子供っぽいと、内心自分を褒めながらガスパール先生にたずねる。
「そうですなあ、沢山眠ってミルフィーヌお嬢様が大きくおなりになったらですな。今ミルフィーヌお嬢様がしなければならないのは、好き嫌いなくなんでも食べ、よく眠り、よく遊ぶことです。あとは礼儀作法などのお勉強も大切ですよ」
ミルフィの偏食は誰もが頭を悩ませていたのだろうか、また好き嫌いの話になって、思わず眉をひそめた。
「どうされましたか」
「パセリとピーマンは苦いから嫌い、人参はふにゃふにゃするの」
「そうですか」
「嫌いなのよ、でもミルフィはいい子になるって約束したから、ちゃんと食べたのよ。そしたら皆が笑ったの」
へにょりと眉が下がる。
一生懸命に食べているのに、その度に皆が笑うものだから最近の私は食事の時間が楽しくないのだ。
「ミルフィーヌお嬢様が大嫌いなパセリを召し上がったのですか。それは頑張りましたね、ミルフィーヌお嬢様。いい子になるというお約束を守って嫌いなパセリを召し上がった。とても偉いことですよ」
先生は私が食べているところを見ていないからだろうか、大袈裟に褒めながら私の頭を撫でてくれた。
私は目を細めて、もっと撫でてもらえたらいいなと思う。
そう思ってから気が付く、私の頭を両親が撫でてくれたなんて、今まであっただろうか。
熱を出した後お母様が私の部屋に居てくれたことすら奇跡だと感じるほど、私と両親は関りが少ないし最近食事を一緒に取る機会が増えたのがすでに私にはご褒美だ。
そう私が思う程には私と両親、そして兄様の関りは今まで少なかったのだ。
「頑張って食べたのよ、嫌いなのにお食事に入ってるのよ、パセリも人参も」
わざと順番をおかしく話す、油断するとすぐにまともな会話をしようとしてしまうのだ。
「ええ、偉いですね。パセリは苦いですが薬効がありますから、お熱を出したばかりのお嬢様には必要な食べ物なんですよ。料理人たちもお嬢様のお体を心配しているのでしょう」
また難しいことを言う、でも偉いと誉めて貰えた私は少し気分が良くなった。
皆も褒めるまでしなくても、せめて笑わないでいてくれたらいいのにと思う。
「やっこうってなに?」
「薬効とはお薬の素になる成分があるという事ですよ。セドリック様はお体を強くするために毎食お薬を飲まれているでしょう?」
「お薬、お兄ちゃまが飲んでるの?」
薬なんて飲んでいただろうか? 思いだそうとするけれど食事は自分のことで精一杯で全く覚えていない。
幼い子供の口には味や香りが強い野菜は本当に苦痛しかないのだ。
「ええ、薬湯を飲まれていますよ。とても苦くて匂いも良くありませんが、セドリック様はなにもおっしゃらずに飲まれていますね」
「薬湯って……苦いの……?」
薬湯ということは、最後に飲んでいるお茶だろうか。
私は果汁だけれど、兄様はそんな物を飲んでいるのか。
「苦いのにお兄ちゃまは飲んでいるの?」
「ええ。セドリック様はすぐに体調を崩されるのでその予防の為の薬です」
「苦い……」
食事に少量出てくるパセリでさえ辛いのに、兄様はそんなものを飲まされているのか。
兄様は本当に体が弱くてすぐに熱を出す、苦い薬湯を飲んでいてもそうなのだから、薬湯を飲む意味はあるのかと私なら暴れたくなるかもしれない。
「苦いの飲むなんてミルフィ出来ない。お兄ちゃまはいつも飲んでるの?」
苦い薬を毎食なんて、今のミルフィには拷問に近い。
「ミルフィ、ちゃんと食べる。嫌いな野菜も食べる、頑張る」
良い子になる以前に、私自身が健康でいなければならない。
兄様みたいに毎食後に薬湯を飲む生活なんて、私にはできない。
「魔法は駄目なのね、沢山寝ないといけないのね」
納得した振りをしながら考えるけど、上手い方法が見つからない。
どうしたら魔法の練習が始められるだろう。
今の私は治癒魔法も回復魔法も難なく使えるけれど、魔力量が全然足りない。
魔力量を増やすには体の成長と共に日々の練習が必要なのを知っているから、寝る前にこっそりと何度も使い魔力を増やす努力をしているけれど、それでも全然訓練が足りないと思う。
兄様を救うためには少しでも早く魔法の練習を始めないといけないのに、兄様が体調を崩すあの年までには中級魔法を最低でも使いこなせる様にならなければならないのに。
中級魔法を覚えてはいても、この幼い体で使いこなすのはまだ難しいし、何度も使うのも難しい。
一日でも早く魔法の練習ができるように、何か考えなければ。
パティが複雑そうな顔で私を見ているとも気付かずに、私は自分の考えに没頭していたのだった。




