第26話兄様のお誘い
「さあ僕の部屋においで」
止める声を無視して、兄様は私の手を掴み歩き始めてしまう。
兄様はこんな強引な人だっただろうか。
思い出そうとしても何も浮かんでこないのは、以前の私は自分だけが常に要求して兄様は宥めるだけだったからだと気がついた。
「あっ」
歩みが遅い私は、兄様の速度に追い付けず足がもつれて転びそうになる。
「お嬢様っ!」
慌ててパティが私を支えてくれたけれど、兄様は驚いて立ち止まってしまった。
「ミルフィ、大丈夫? どうしたの?」
「びっくりしたの」
「セドリック様、ミルフーヌお嬢様はまだあまり早く歩けませんので」
「ああ、そうか。ごめんね」
さすがにそういうところまで気が回らなかったのかと、少しだけ安心する。
兄様は誰もが賢いと褒めるような人だったけれど、今は私より少し大きいだけの幼い子供なのだ。
「あのね、ミルフィね」
「どうしたの?」
「お父様がお部屋に戻りなさいって、ガスパール先生が来るって」
兄様の行動に戸惑いながら言えば、兄様は考える素振りをする。
本当に兄様は五歳の子供なのだろうか、もしかして兄様も前世の記憶があるのだろうかと、そんな疑いを持ちながら兄様の行動を注視する。
「そうだね、お父様はそう仰っていた。でもミルフィはどうしたい?」
「ミルフィ?」
迂闊な返事は出来ないから、どう答えるのが正解なのかと考える。
ここにいるのはパティだけじゃない、私を良く知らないだろう兄様のメイドもいるのだからあまり変なことは言えない。
「ミルフィね、お菓子が食べたいの」
状況を考えて、当たり障りの無い返事を返す。
お菓子はともかくお腹が満たされていないのは事実だし、さっきパティにもお菓子の話をしていたから嘘を言っているわけではない。
熱を出した後だからそうしたのだと分かっているし、まともに食事をするならガスパール先生の診察を受けてからの方が良いとはいえ、朝食は控えめの量すぎだったと思う。
私は昔から食事の量が少なかったわけでもないのに凄くお腹が空いてたまらない時があったけれど、幼い今のミルフィも実はそういう時があったと思い出す。
特に授業を受けて先生に何度も叩かれた後にそうなっていたように思うけれど、そういう時はいくらで食べられそうな気持ちになるから、密かに困っていたのだ。
「お兄ちゃま。ミルフィお菓子が食べたいの」
とりあえず幼い子供なら今こう言うであろうと予想して、兄様へ告げる。
すると兄様は、兄様付きのメイドに「ミルフィに何かお菓子を用意出来る?」と聞いてくれた。
「セドリック様、ミルフィーヌ様は熱を出していらっしゃいましたので、体に負担が掛からぬよう朝食を控えめに出されていたのかと思われます。ガスパール先生の診断の後であればお菓子を食されても問題無いかと思いますが」
こんなの幼児が理解出来る言い方じゃないと思うが、なぜこのメイドは兄様付きのくせにこんなに難しい言い方をするのだろう。
「ミルフィ、今はお菓子は用意出来ないけれど、温めた牛乳であれば用意できるよ。それでは駄目かな」
兄様は今のメイドの言い方で理解出来たのか優しい笑顔で私にそんな事を言うから、私は兄様の理解力に驚きながらもただ嬉しくなる。
「ミルフィ。牛乳好き。蜂蜜が沢山入った牛乳」
そう答えると兄様はにっこりと笑ってくれたのだった。




