第14話今までとこれから
「まず、朝寝坊しない。次に偏食を止める。勉強を嫌がらない」
入浴を終え寝仕度をしてベッドに潜り込むと、ジョゼットとパティは部屋から出て行った。
二人がこの後何か仕事があるのかどうかは知らないが、怪我が治ったばかりのジョゼットは体力が落ちているから、部屋で休んでいるのかもしれない。
ベッドの中で、三歳の子供が出来るいい子への努力を考えていた。
幼いミルフィーヌの嫌いなものは、早起きに勉強に入浴そして野菜だ。
入浴に関しては、大人の私は汗を流すのはさっぱりして気持ちが良いことだと知っているから問題はない。
問題は浴室までの距離だけれど、子供の体はすぐ疲れるし眠くなるが仮に眠ってしまってもメイド達が部屋まで運んでくれるから問題はない。
偏食は、兄様が一緒に食べてくれるのは私が偏食しないで食べると誓ったからだから努力するしかない。
勉強は、さすがに大人だったのだから、学校に上がる以前の勉強から躓くことはないと思う。
早起きは、これはなんとか努力するしかない。
考えるだけで憂鬱になるけれど、すぐに挫折して兄様を失望させたくはない。
「魔法の勉強の開始次期を早めて貰うには、行儀とダンスがある程度進まないと難しいかしら」
以前の私が魔法を勉強し始めたのは七歳だったけれど、兄様はもっと早くからしていた記憶がある。
今の兄様はどうなのだろう。
兄様が勉強しているところを見たことが無かったから、分からない。
「治療系の魔法の素質があると仄めかしたつもりだけど、お母様忘れていないかしら」
力を借りたという方だけしか覚えて貰えていなかったら、時期を早めて貰うのは難しいだろう。
「何か考えないと」
ジョゼットの怪我を治せたのだから、次の目標を決めるとしたら病弱な兄様の体を良くするになると思う。
私自身のことは、いい子になる。にすべて含まれるからすべてにおいて頑張るしかない。
元々が馬鹿で怠け者なわけだから、努力をしても仕方ないとは思うけれど、努力しても駄目なのと最初から何もしないのでは大きく違うだろう。
「ジョゼットは怪我が完治したから、もう足を引きずることはない。だから次は兄様よ、兄様を健康にするのは難しくてもあんなに簡単に兄様を死なせたくない」
もしも以前と同じ兄様があの時期に亡くなるとしたら、あと十年程度の時間しかない。
あの時の兄様は風邪をこじらせただけだったと、私の目にはそう見えた。
普通の風邪であれば、中級の回復魔法で治療できると思うけれど、死に至るほど兄様の体が弱っていて風邪が悪化したのであれば、兄様が風邪を簡単に引くような体にしないようにする必要がある。
つまり、私が常に側にいて兄様が体調を崩した時ガスパール先生に頼らなくても私が兄様に回復魔法をかけられるようになっていないといけない。
それには私の治癒師の能力が兄様に使っていいほどに高いと、皆に認められるまでにしておかないといけない。
魔法の練習はそんなにすぐに認めてもらえるとは思えない、今できることをと考えて出来るのは日々こっそりと自主練習を繰り返し魔力量を増やすことくらいだ。
魔力循環は以前の私に比べるとそこまで上手くない、ジョゼットにかけた魔法はまともに発動したけれど、魔法発動時に適量の魔力を使用できなかったから倒れることになったんだと思う。
だから自分で魔法発動に使用する魔力量を調節できるようになるまで、まずは魔力循環を練習しないといけない。
それから、魔法の練習だ。
魔力は繰り返し魔法を使うことで増えていく、体の成長でも増えるけれどそれは微々たるものだ。
日々の練習と、可能であれば魔力切れ寸前まで魔力を使い魔力量を増やしていかないといけない。
「魔力循環は毎晩練習する。自分に回復魔法も毎晩掛ける」
魔法を使う許可が出たらまず下級の回復魔法を習って、パティやジョゼットに練習として下級魔法を使わせて貰おう。
後は、掛ける相手の体力や魔力を使わない、体調鑑定の魔法を習ってこれも繰り返し掛ける。
どんな魔法でも回数をこなす事が重要だと言われている、繰り返し練習することで魔法は上手に発動できるようになるし本人の魔法使いの能力も上がっていくのだ。
「あとは、何をしたらいいのかしら」
兄様を死なせない。
それをこれからの目標とするとしたら、それは治癒師の勉強に力を入れていくことになる。
兄様を死なせないのが、私にとって一番大切な事だ。
それを目標にこれから魔法の勉強をしていくつもりだけど、どうせもう一度ミルフィーヌの人生を生きるなら、しかもいい子になると決めて生きるなら、依然とは全く違った人生を生きてみたい。
「兄様が亡くならなければ私は家を継がないのだから、結婚相手は変わるのかしら」
夫との仲はお世辞にも良いとは言えなかった。
夫は誠実で優しい人だったし、領主の仕事も真剣に取り組んでくれた。
夫がいたから領地は栄えたし、豊かだったのだと思う。
私がどうしようもない人間だったから、夫とも子供とも上手くいかなかっただけなのだ。
「私は文句ばかり言って、社交もろくにしないで女主人の仕事もしなかったわ。そんな女と夫みたいなまともな人が上手くいくわけがなかったのね」
過去になぜか戻ったとしても、私は以前と同じ私なのに、夫と上手くいかなかったのは私が悪かったからだと認められるのは不思議な気持ちがする。
でも、ジョゼットが怪我した理由が私だったと認められた時と同じく、今の私はなぜかしっかりと考えられて私が何をして何をしなかったかもなぜか理解できる。
そうして理解した結果、悪いのは自分だと自覚出来たのだ。
「私が自分の悪い所を認めて、あの人との関係を良いものにしたいと努力したら何か違っていたのかしら」
分からない。
彼とは最初からギクシャクしていた気もするし、結婚してからそうなった気もする。はっきりとその辺りを覚えてはいない、悲しかった辛かった、そういう思いだけが強くて具体的に何があったのか覚えていないのだ。
今の私に、以前のすべての記憶があるわけではないのかもしれない。
幼い頃のことも、もしかすると全部覚えてはいないのかもしれない。
「私が彼に歩み寄っていれば、もっと幸せな結婚生活が送れたのかしら」
不幸だと泣いて嘆き暮らすほどには、私は不幸ではなかったのかもしれない。
夫は真面目な人だったし、子供にも恵まれたし、私が死ぬ頃には孫も生まれていたと思う。
第三者の目から見れば、私は裕福な侯爵家の夫人で何不自由なく生活していたように見えていたと思う。
「それでも寂しかったんだわ」
ポツリと言葉に出すと、それが以前の私の感情のすべてだったと急に理解してしまう。
夫はいい人だった、領主として完璧だった。
でも、私を自分が侯爵家の当主でいるために必要なだけのお飾りの妻、子供の書類上の母親としか見てくれなかったのだと思う。
その証拠に必要な人数の子供が生まれた後、寝室は別になってしまった。
子供達も私より夫に懐いていた、それからパティを慕っていた。
夫とも子供とも必要なこと以外話をしなくなり、そのうちパティを通してしか話をしなくなった。
私はそれでいいと思いながら、自分の部屋に閉じこもっていた。
「寂しさを認めたくなかったから、私は文句ばかり言っていた。必要のないドレスや宝石を買い続けた」
社交の場に殆ど出ない私に、何枚もの派手なドレスは不要だったし、宝飾品もいらなかった。
それでもパティが私のためにそれらを用意し、私はそれを一人の部屋でただ見ていた。
派手なドレスも、高価な宝飾品も私には似合わなかったけれど、それでも私の部屋にはそれらが溢れていた。
どれだけそれらで部屋を埋めても、私は孤独だったし寂しかった。
贅沢な悩みなのかもしれないけれど、私は孤独だったのだ。




