第13話ミルフィの謝罪
「お嬢様」
部屋に戻るとジョゼットが声を掛けてきた。
パティは私の入浴の準備をすると言って、他のメイドと浴室へ行った。
私には乳母のジョゼットと、メイド見習いのパティしか専属がいないから何か準備が必要な時は手空きのメイドか下女が手伝いに来る。
まだ幼いからだと思うけれど、でも以前の私も専属はジョゼットとパティだけだったような覚えがある。
私が人と関わるのが苦手だったから、慣れた二人しか専属にしていなかったのかもしれない。
今の私が大きくなった時どうするか、それは今後考えていかないといけないだろう。
「もうお風呂?」
「いえ、今パティが用意していますので、もう少し後になります」
浴室は屋敷の一階にある。
以前の私が結婚し子供を産んだ頃は魔道具を使ったお風呂が一般的になり、寝室の近くに浴室を設けられるようになっていたけれど、子供の頃は部屋から離れた場所にある浴室まで歩くのすら面倒で入浴をと言われる度に癇癪をおこしていた覚えがある。
ちなみに兄様が使う浴室は別のところにある、私の部屋は両親の部屋と兄様の部屋から離れた場所にあるので、私がいつも使っているのは客向けの浴室の方だった。
「お風呂じゃないなら、なあに」
「お詫びとお礼を申し上げたく、少しのお時間を頂けますか」
「お詫びとお礼、なあに?」
寝室の隣にある自室のソファーに座りながら、ジョゼットの言葉を繰り返して首を傾げながら尋ねる。
ジョゼットが謝らなければならない様な事、あっただろうか?
「お嬢様を危険にさらしてしまい申し訳ございませんでした」
「危険って?」
「私の注意が足りなかった為に、お嬢様は階段で足を滑らせてしまわれたのです、とても恐ろしい思いをさせてしった上お熱も出されたと聞いております。いくらお詫びを申し上げても足りないと」
「違うよ」
お詫びとお礼の意味を理解して、ジョゼットの言葉を遮る。
お詫びは、階段の件。お礼はジョゼットの怪我を治したことだろう。
「階段から落ちたのはミルフィのせいだって分かってるの。ミルフィが走ったのがいけなかったって、ちゃんと分かってるのよ」
分別のない三歳の幼児相手、しかも私は我が儘し放題だったのだから、使用人であるジョゼットは自分は悪くないと思っていたとしても、私に謝るのは仕方がないと諦めているのだと思う。
少なくとも、お母様は謝って当然だし解雇してもいいくらいだとまだ考えているだろうし。以前の私も当然だと言うだろう。
悪いのが私でも、貴族は平民に悪いなんて思わないのがこの国の普通だからだ。
「ミルフィを守ってくれたよね、ミルフィがごめんなさいって言わないといけないのよ」
「そ、そんなとんでもないことでございます。お嬢様が私ごときに頭を下げるなんてあってはなりません」
ジョゼットが私の謝罪に目を見開き、慌てて何度も頭を下げる。
まあ、この反応はある意味正しい。
使用人に謝るなんて以前の私なら思い付きもしなかったし、仮にそうする方が正しくても行動に移すことはなかった。
この国では貴族と平民では天と地程の差がある。
ジョゼットは男爵家に嫁いでいるしそもそも実家も男爵位にあったと聞いているけれど、嫁ぎ先から夫が亡くなった途端夫の弟に追い出された。
裕福ではなかったらしい実家には戻れなかったそうだから、今の身分は平民だ。
嫁ぎ先から追い出された時にその家の籍から抜かれているし、実家の籍にも戻れなかったから平民になるしかなかったのだ。
貴族の家に生まれても今は平民の扱いになるし、元の男爵夫人の身分でもスフィール家は侯爵位だからその娘を不注意で怪我をさせたとあれば罰せられても文句は言えない。それがこの国の身分の差だ。
「じゃあ、内緒ね」
「お嬢様私の体を治して下さり、謝罪まで頂くなど。どれだけ私は罪深いことをしてしまったのか。こんな罪深い私がお嬢様にお仕えするなど……」
「罪深い?」
そんな事三歳の私に言われても困る。
以前のジョゼットは勤め先の子供に怪我をさせられたのに、怪我を完全には治してもらえずその結果足を引き摺り歩く様になった。
痛みもあった筈なのに、以前の私は治療魔法の使い手だったにも関わらず、歩みの遅いジョゼットを叱りこそすれ治療魔法を使って治そうという考えすら思いつかなかった。
下位貴族とはいえ生まれは貴族だったというのに、どれだけ惨めな思いを以前の私は彼女にさせていたのか分からない。
「ミルフィが謝ったのはお母様達に内緒ね。二人だけの秘密だからね。ミルフィ叱られてしまうもの」
「お嬢様」
「ミルフィ、お祖母様に約束したのよ。いい子になるって、だから叱られるのは駄目なのよ。でもジョゼットが言わなければ叱られないと思うの」
ジョゼットは涙を浮かべながら「ありがとうございます」と笑ってくれた。
「あのね、いい子になるって凄いのよ。お兄ちゃまが一緒にお食事してくれるのよ」
以前の私はお父様もお母様も兄様も忙しくて、殆んど一人で食事をしていた。
今のミルフィも食事は殆ど一人だ、幼い頃は大人と一緒の食卓につくことはないのだと思っていたけれど兄様は両親と一緒に食べていた。
私だけ一人で食べていたのだ。
使用人達が何人側にいても一人で座る食卓は寂しかったのだと、今のミルフィの心が喜んでいる。
「ミルフィいい子になるの。そしたら皆もっと一緒にいてくれるよね」
「……はい、きっと一緒にいてくださるようになります」
以前の両親は私を甘やかしてくれていたと思っていたけれど、本当は癇癪持ちの私を持て余していた。我儘を叶える方が楽だったから甘やかされていただけだった。
ミルフィは寂しかったのだと、私は今更気が付いたのだった。




