第12話嫌いなものを食べること
幼い頃の私は我が儘で癇癪持ちだった。
大きくなっても我が儘なのは変わらず、勉強も魔法の練習も強制されなければしなかった。
そ入学してからやっと自分がどれだけ無知か知ったけれど、その時はもう遅くて基本的なことすら知らない私は恥をかくために学校に行っていたようなものだった。
お母様は美人と評判の人で、幼い頃私はお母様によく似ているから将来が楽しみだと言われていたのに、期待外れだと家庭教師によく言われていた。
私は何をしても駄目なんだと、人目を気にするようになったのは入学してすぐのことだ。
勉強も出来ず、見た目も良くない私なんてと友人すらできなかった。
その後大好きだった兄様が亡くなり、いきなり婿を取り将来は侯爵家の当主になるのだと言われてもなんの努力もしなかったし、結婚してからも当主の仕事は夫に殆ど任せていた。
そもそも当主になれる能力なんて、私には無かった。
両親は昔から私には放任気味で、私はそれをどんな我儘を言っても許されると考え違いをしていた。
だから我儘だったのだ。
子供の体に以前の大人の意識が甦った今も、我が儘なところは残っている。
それを今表に出さずに我慢しているのは、自分がジョゼットの怪我の原因だったと気が付いたからだった。
パティは大怪我をしたジョゼットの看病をしたかっただろうに、それを我慢し私の側に付かねばならなかったのは辛かっただろう。
大人の目で見れば、それに気が付く。
パティは私を守れなかった母が悪いのだと言っていたけれど、本当に悪かったのは私の方だったと。
以前の私なら、気が付いても認めなかっただろう。自分が悪いと私は認められるような性格ではなかった、ただ過去に戻って現実を大人の目で見たとしても、自分が悪いと認められたのはなんだかおかしい気がする。
人の性格なんて、簡単に変わるものではないからだ。
それでも今の私はジョゼットを純粋に心配し、自分の罪を認めることが出来た。
それはもしかしたら、今の私の心の中に幼いミルフィーヌの心が残っているからなのかもしれない。
不思議なことに、大人の意識の他にこの体は子供の心がある様に思える。
子供として生きてきた三年間、以前の記憶が戻っていない間の体の記憶というか、感情は残っているようなのだ。
以前の大人の意識があるのにも関わらず、時々幼い感情がある気がするはそのせいなのだと思う。
まあ、それを理解したのが食事だというのはおかしな話だけれど、これはそうなのだとしか思えない。
「うぅ」
兄様と一緒の夕食を楽しみに、意気揚々と食堂にやって来て椅子に座った私はテーブルに並べられたお皿を見て小さな唸り声をあげた。
フォークを握りしめるのは行儀が悪いと教えられているのに、握りしめたフォークの先にある物がどうしても口に入れられない。
幼い頃大嫌いだった食べ物、それは人参とセロリだった。
人参は、色も食感も臭いも味も、兎に角存在そのものが大嫌いだったと覚えている。
その大嫌いな人参を今フォークに刺し、口に入れなければならないのだ。
大人の意識で手を動かそう、口を動かそうとしているのに、唸り声を小さく上げるだけで終わってしまう。
「ミルフィ、無理をする必要はないのよ」
いい子になると宣言したのにも関わらず、すでに約束の一つである好き嫌いをしないを果たせそうにない私に、お母様は仕方ないと諦めたように声を掛けてきた。
その言葉に甘えたくなる、なるけれど。
私は夢でお祖母様に約束したことになっているのだ。
「ミルフィはいい子になるの、約束したんだもの」
嫌いなら見なければいい。
行儀が悪くても、努力を始めたのだと皆に見せなければならない。
これはジョゼットに怪我をさせた罰なの、いい子になると約束してすぐ反故にするなんて子供でもしていいことじゃないの。
心の中で自分自身を叱咤して、ぎゅぅと目をつぶったまま人参を口にいれた。
食べ物はしっかり噛んで味わいながら食べるのがマナーだと、兄様を教える行儀指導の先生に習った。
平民なら煩くは言われない年齢だとしても、私は高位貴族の令嬢だ。
乳母であるジョゼットの食事の介添えも三歳の誕生日と共に無くなり、今はナイフとフォークを使う様に言われている。
初めて介添え無しで食事をした日、私の家庭教師ではなく兄様の先生がなぜか食堂にいて私の食べ方を見ていて、食事の作法の指導を受けた。
だから目を閉じて食べるなんて、先生に顔をしかめられる行いだと分かっている。
でも、許して欲しい。今は食事の作法より私がお母様に言った嘘の約束を守る方が大事なのだから。
「ミルフィ、偉いよ」
幼い兄様の声が私を褒めた。
噛んだ瞬間顔が歪むのを止められない、泣きそうな思いで三回くらいで噛み砕いて、慌てて水と一緒に飲み込む。
これもマナー違反だけど、目を開けるとお母様もお兄様もにこにこと私を見ていた。
「いい子になるの、ミルフィ約束したの。好き嫌いしないのよ」
自分に言い聞かせる様にそう言って、もう一切れ残っていた人参も勢いで食べてしまう。
水で流しても口の中に残る人参の味に、涙を浮かべながら残しておいたジャガイモのクリーム煮を食べて口直しをする。
「お行儀悪くてごめんなさい」
大人なら一人で食事する場合でもしてはいけない事だけれど、まだ三歳の私だから許容されるかもしれない。
その僅かな希望に期待しながら、謝る。
私の家庭教師に見られたら、何を言われるか分からない。なぜか急にそう思えてきて体が震えてくる。
「言われなくても自分で食べたのだから、偉かったよ」
「そうね、いい子になろうと十分に努力したと思うわ」
お母様も兄様も誉めてくれた。
怒られなかったと、私は心の底からホッとする。どうしてこんなに怒られるのが怖いのだろうと、それが不思議で仕方ないのに、怒られるかもしれないと思うだけで手の甲が痛む気がする。
私はお母様にも兄様にも叱られたことはないのに。
「お兄ちゃまが見ててくれたから、頑張れたの」
「じゃあ、これからは一緒に食べようか。お母様いいでしょうか」
「あなたと違って、ミルフィは起きる時間が遅いのよ。それに合わせていたらセドリックが疲れてしまうわ。あなたは勉強が大変なのですからね」
お母様は、私の努力はすぐに終わると思っているのだろう。
私が努力を止めても、一度約束したら兄様は律儀にその約束を守ろうとするだろうと予測して許可を出さなかったのだ。
「それでも、ミルフィが頑張るなら僕はミルフィを応援したいのです」
この人は本当に五歳児なのだろうか。
まさか私と同じく以前の記憶があるのでは? そう考えてすぐに否定した。
私以外にも以前の記憶があって、過去に戻っている人がそう何人もいるとは思えない。
兄様は幼い頃から優しくて賢かったのだから、これが兄様なのだ。
兄様が見守ってくれるなら、私は兄様の様になれる様に努力する。
苦笑いするお母様を見ながら、私はそう決心したのだった。




