嬉野と歩田の画策2.2
ドアの蹴る音が響く。五つの通路へ抜けたのか静かになる。蹴るときの二人の背中は、扉の幅とぴったりと重なっていた。
僕は何も言わず立っていた。雑音を出すのは、控えていた。
「せーの」
藤堂さんが合図を出し、直後ドアの蹴る音が二つ鳴った。
不満だったようで、「だから、合わせろっつうの」と藤堂さんは言った。
「無茶言うな。未経験者に合わせるべきだろ」
異を唱えた嬉野に、僕は確かに、と首肯する。動作の始めるタイミングはそろっていても、蹴りの速度に差があった。
「いつから人間の足が可変式になったんだ」
「藤堂の足癖まで考えてられるか」
「重さはどう蹴ろうが一緒だろって言ってんだ」
「言ってることが分かんねえって」
「強い蹴りが打ちたかったら、とにかく足を速く動かせ。正確な動作までは求めねえよ」
嬉野は何も言わず扉を見つめる。しばらくして「……とにかく速くすればいいんだよな」と理解を示した。
合うのかな。それが僕の感想だった。
藤堂さんも同じことが頭を過ったのか、「いや、まあ……」と言い淀んだ。
唐突に、笑い出す。
「でも、タイミングだろうな」
力が抜けそうになった。
「あたしが『せーの』って言うから、祐介は『の』の前から蹴り出してくれればいい」
「さっきと言っていることが――」
「そうすればタイミングが同じになるだろ」
そう言って、今のやり取りをなかったことにしたみたいだった。
藤堂さんが掛け声をし、二人で同時に扉を蹴る。最初はバラバラだったのが、回数を重ねるごとに一つの音へ落ち着いていった。
「椎名さん、端末は」僕は質問した。
「持ってますけど……」
「オーダーにある金属切断用のカッターは調べられる?」
その横で、嬉野と藤堂さんが蹴りだけでは扉は壊せないと判断したようだった。肩から衝撃を加える方法を採用したようで、「これはせーのでいいんだよな」と嬉野は聞く。
「バーカ」
藤堂さんにそう言われ、嬉野は髪形をかき乱されていた。
椎名さんの画面操作を見ていると、カッターのカテゴリーにまで絞り込まれた。横に二つの写真が並んだオーダー画面には、文房具のカッターが優先して表示されている。
「工業用とか、情報を追加するとどう」
「アシストメニューでいいですか?」
「お願い」
画面右上のクエスチョンマークが押され、チャット欄が表示された。用途を打ち込むと、システムが最善を提案してくれる機能だった。
「金属板、初めての人でも安全に使用できるとか追加してもいいと思う」
「扉の切断って教えたほうが親切だと思います」
僕は「……ああ、そうかも」と考え直した。
「情報は一つのチャットにまとめるんじゃなくて、一つ一つのほうが良さそう」
「どういう意味ですか?」
僕はシステムに与える情報の順番を椎名さんに伝え、回答を眺めていた。最後に扉を切断するためと用途を伝達してもらった。
「問題なく受け入れてくれるんだ」
「あ、そういうことですか? もしかして、騙されました?」
「そうじゃなくて、システムが扉を壊すことを許可するんだって」
「でも、私は、騙されてますよね」
僕は指摘されたことが分かり「あ……ごめん」と謝罪する。自分のアカウントで調べるべきだと反省した。扉を壊すという情報を館が深刻に捉える可能性はあった。
「歩田さんが犠牲になってくれるなら問題ないです」
「そのときは、椎名さんが、歩田で生活して」
椎名さんの視線が僕の後方へと移る。
「なにプロポーズしてんだよ」
藤堂さんの声がしたあと、後頭部を、多分はたかれた。
肩でドアを壊そうとしても、リアクションを見ていると、びくともしないようだった。こちら側ではオーダーからカッターを注文し、一緒に提案されたマスク、防護服とともに台車で運ぶよう指示していた。
防護服のサイズは僕の身長に合わせていた。カッターの扱いは初めてだった。
「あれ、みんなそろって」
防護服に着替え終えると、学術エリアとエンタメエリアの通路から、猫飼さんが出てくる。作業着には黒い茶の油のようなものが付いていて、まだ乾ききっていないみたいだった。
僕は顔を保護していたマスクをとった。
「それ電動カッターかな」
猫飼さんの視線が扉とカッターを行き来する。
「なるほど」
状況を把握したみたいだった。
「カッターは歩田くんが?」
「そのつもりでした」
「大丈夫だろうとは思うけど」
そう言い、猫飼さんは「変わるよ」とカッターを受け取ろうとする。僕は、自信がなかったので、考えずに手渡した。
「保護具は必要ですか?」
「マスクだけ借りようかな」
猫飼さんは一度、カッターを地面に置いた。それから渡したマスクを顔につける。
「本当はこれだけだとダメなんだろうけど」
そう笑って、扉のほうへカッターを持って行った。
モーターのような駆動音がなると、僕たち四人は神経質なぐらいに扉から離れた。猫飼さんが頷いて、始めるタイミングを知らせると、火花が散りだした。
「順調でしょうか?」
椎名さんが質問をする。嬉野は「どうなんだろうな」と曖昧な返事をした。「切断はできていそうなのかな」と僕。藤堂さんが「無理なら断るだろ」と言って、僕は納得した。
切断する作業は思っていたより早く終わった。猫飼さんが「一応、くぐって通れるようにはしたから」とマスクを上げる。
そして、そのままこの場を去ろうとしたので、藤堂さんが「猫飼はいいのか?」と尋ねた。
「そうだった。パーツ取りにきたんだった」
そう言って、「じゃ、また」と自分の部屋へ入っていった。




