嬉野と歩田の画策2.1
2.
「開けなかった扉を、開かずの扉って言うのは反則だろ」
自然エリアとエンタメエリアを分断する中央棟への廊下を歩きながら、嬉野は言った。
「言われてみれば、誰も、関心がなかったから」
「誰もな」嬉野は強調するように言う。
「順番の問題かな」僕はそれらしいことを言ってみる。
「視点の問題だろうな」
フードコートでの、意識と対象の見え方の話を思い出した。
脱出ゲームの視点を持っていれば、誰も開けたことがない扉は真っ先に調べたい要素だった。館に対してネガティブなイメージがあると、閉じ込められた原因を自分の中に探し始める。脱出ゲームの視点を持っていなかった僕たちは、開かない扉と脱出の糸口を結び付けられなかった。気づかなかったのではなく、軽視していたのだと思う。
扉の存在は無視しようにも明らかだった。
正五角形の広場に戻ってきた。赤に偏った控えめな色調とシンプルな空間のデザインは単一さが想起される。秘密なんて一切隠していないような淡白な場所だった。
「さて」
嬉野が周囲を探し始めたので、ならって扉のネームプレートを確認する。調べるまで正確な位置が分からなかった。
正五角形の辺を全て二等分すると、線分は十になる。したがって中央棟には十個の扉があった。館にいるのは九人なので、部屋は一つ余ることになる。ネームプレートもその扉にだけは無かった。これが開けたことのないもう一つの扉だった。
「となり屋敷さん」
「気にしてるのか?」
「クレームがくるから」
扉を壊せば騒音が出る。音の大きさは想像ができた。ただ、建物の振動と防音は予想ができなかった。九人の過ごし方として百パーセント自室にいるのは屋敷さんだけだった。
「開け方で、正式な方法を試したことは?」
僕はセキュリティモニターを覗きに行く。後ろから付いてきた嬉野が「開錠は無理だな」と答えた。
僕はモニターをタップして状況を確認した。セキュリティ解除の画面に移ろうとすると、エラーが発生して利用者登録が指示された。他の操作を選んでも同じだった。ホーム画面の表示はできても、操作がロックされている。
「権限は絶対的な決まりらしい。騙すこともできない」
「騙すって……例えば、利用者登録されたユーザー以外がモニターを操作すると、同じようにロックがかかるとか?」
「だな。猫飼が屋敷の部屋に行ったときに気づいたらしくて、他の人でも同じことが起きるのか実験台になった。登録者以外が画面を操作するときは、できる操作とできない操作がある」
できるのは呼び出しなど必要な操作のことだろう。僕はメニューから呼び出しベルを選択する。同じように利用者登録の注意が点滅した。
「本当に壊すしかないんだ」
「横から見れば、扉も厚い設計ってわけじゃない。やりようはある」
僕は自動車のように直進する重機をイメージする。展示エリアには無かったかもしれない。見落としがあると思って、「端末、持ち歩いていなかった?」と嬉野に聞いた。
「二択。カッターを使うか、袖をまくるか」
提示された選択肢の無理難題さに失笑する。カッターが金属刃で切断するための道具を指しているなら、扱えるのは自分の体だけだった。
「まあ、結局、そっか」
目の前の扉をノックしてみる。骨が折れそうだった。
期待を込めて勢いをつけずに扉を押してみた。これで壊れればセキュリティ性のないセキュリティだった。僕はしばらく扉を眺める。とりあえず、できることはやろうと思った。
「歩田」と嬉野が呼んだ。走りそうな気配があったので、場所を移動する。嬉野は「オッケ」と気合を入れて肩からぶつかっていった。鈍い音が鳴る。扉は壊れなかった。
「押し込めた感じは?」
「壁だな」
嬉野の感想を今度は自分で確かめてみる。隙間ができた感触はなく、言うように壁だった。同じことを繰り返しても、回数を重ねるごとに希望の兆しが絶えていく。
「お前ら、何やってんだ?」
その声に僕は驚いた。振り返ると、藤堂さんと椎名さんがそこに立っていた。
苦笑いを浮かべた嬉野が、「扉、壊そうと思ってな」と端的に説明した。
「あー、さっきの音はそれか」
藤堂さんはそう納得しかけて、「お前ら、何やってんだ?」と同じ質問をする。
外へ出るヒントを探すために扉を壊す必要があった。
そう説明しようとしたら、「あたしにやらせろ」と先に言われてしまった。話は不要みたいで、僕は場所を譲り後ろへ回る。
見ていると慣れた動作で前蹴りを入れていた。嬉野が「空手か?」と耳打ちしてくる。分からなかったので「さあ」とだけ返した。
「無理なんじゃねえの?」
藤堂さんは薄々気がついていた反応をした。僕は首を縦に振り、同じ感想だった嬉野が「俺たちもこの辺でやり方を――」と言おうとする。
すると、藤堂さんは、「だからやるって話でもあるよな」と言いだした。
……分からないことも、ないけれど。
僕は危険を察して椎名さんの傍に逃げだすことを選んだ。遅れた嬉野は、やられた、と藤堂さんに見えないように口を動かした。
椎名さんが「でも、藤堂さん」と助け船を出そうとした。それも「大丈夫だろ」の一言で一蹴された。
嬉野がもう一度、振り返ってくる。僕は他の二人に気づかれないよう、全力のつもりで小さく頭を下げた。




