嬉野と歩田の画策1.2
正五角館の最上階は三階になる。自室も三階まで上がられ、生活空間として使用できるのはそのうち二階と三階だった。
一階へ下りていくには部屋を出た先にあるエレベーターを利用する必要があった。モニターに接続されたカメラに映りこみ、利用者の照合を促す。
歩田悟。名前が表示され、同時に扉が開く。一階のボタンを押した後は、モニターの数字を眺めていた。
ホールへ出ると、天窓から光が降り注いでいた。真下の正五角形の筒からは青空が見える。
周囲を見回し、扉に貼られた名前を確認する。振り返ると藤堂さんと椎名さんのネームプレートがあった。その間にある通路の先がエンターテインメントエリアだった。
一階は、端から端まで、オーダーで手配可能な製品が展示されている。レイアウトはショッピングモールを模していて、店舗型で区切られていた。ショッピングモールに娯楽の印象がなかったので、しばらく僕は、この場所を無分類で通っていた。気が付いてからは、ときどき目的を持たず訪れてみたりして、キャンプ用のテントなどを眺めていた。
嬉野と待ち合わせをしていたのは、二階にあるフードコートだった。
階段を使うか、エレベーターを使うか考え、エレベーターのボタンを押した。
エスカレーターは正五角館には無かった。二階は広大なゲームセンターになっている。階段の先には、二階からの音を遮断する扉があった。
エレベーターへ乗るのは、少し回り道だった。
ゲームセンターの音が曖昧になり、ときどき鮮明になって、フードコートに着く。
この場所には等間隔に並べられた机と椅子が、縦と横を数えるほど、あった。通路を挟んだ向こうにはボーリング場がある。プレイヤーがいないので、遠くから筐体の弱い音だけが聞こえてくる。比較的しずかなエリアだった。
手の甲を振って手首のモニターを表示させた。フードコートには、背を椅子へ預ける嬉野の姿があった。傍まで行って、爪でテーブルの面をノックする。
「よお」と嬉野は、間延びした挨拶をした。しばらく嬉野と目を合わせ、「おはよう」と挨拶を返す。
前に置かれているドリンクがバナナシェイクみたいだったので、僕はフードコートの壁を遠くから見ていった。
「コーヒーは飲めそう?」
「わるい、質問の意図が分からないんだが」
「飲んでも問題ないか」
この後、拘束時間が発生するのが予想だった。話だけだったら通話で要件を済ませているだろうし、行動が伴うにしても、事前に内容を知らせない理由が他に思いつかない。
嬉野は口角を上げて「やめたほうがいいだろうな」と言う。
バニラシェイクを探すことにした。
カップを手にして戻ってくると、嬉野が後頭部へ手をまわし天井を眺めていた。椅子の前足を数センチか数ミリほど浮かして揺れている。嬉野の背後にある椅子との距離は確認していた。前の席へ座っても考え事を続けるようだったので、本題へ入る前にストローを触った。
「集まるのは二人?」そう軽い質問をする。
椅子の硬い音が鳴った。
「まあな」短い返事が返ってきた。
その言葉を聞いてイメージを修正する。人手が二人で足りるということ。
「どこまで?」
嬉野は一瞬だけ不思議そうな表情をした。「ああ」と声を漏らす。
「理想は最後までだろ?」
「可能なら」
僕はカップの中身を眺める。飲み切るかどうか考えて、保留した。
顔に出ていたのかもしれない。
「なんだと思ってたんだよ」嬉野が笑い出した。
「断定はしたくなかったから」
九十九パーセントの確信と一パーセントの欺瞞だった。
ノイズが非日常を日常として認識させたのは、安定していたいと願う、これまでの考えと行動に反する言い訳かもしれない。
その自覚はときどき考えることがあった。
「今の質問で確信した」
そう言うと嬉野は両手の指を使って、唐突に、数字を表した。
「一と二ならどっちを選ぶ」
真剣に考えていると「俺は一にするけどな」とピースサインだけが残る。
「じゃ、二の方で」僕は意味のないことを言った。
「理由が先に来るのか、行動が先に来るのかは、人それぞれかもな」
「行動が先に来るほうがいいとは思ってる。多分、憧れなんだけど」
「理由のない行動はできないだろ」
「理由の必要がない行動ができなくなる」
「これが答えだろうな」
僕は「まあ」と肯定した。状況の問題だった。
それから嬉野は「残念だが、今日は漠然とした行動理由になるだろうな」と言った。
僕は「傾向の話」とすぐさま否定する。
そして嬉野はカップに手を伸ばしながら話す。
「ちょっと脱出方法の検証に付き合ってもらうぜ」
僕たちの会話でもったいぶるような情報はそれぐらいだった。




