プロローグ03
ここまでが前回までの大まかな議論だった。
半年間が経過して得られた情報は分からないことを何とか理解した程度。それも仕方がなくて、この館があまりにも無機質だった。人間味がなく、機械的で、外界からの接触が一切ない。情報は館内に限られ、特筆すべき情報がなかった。
これも僕たちを悩ませた理由の一つだった。
「報告に移っていこうと思うけど。期間はこの一か月。変わったことは?」
嬉野が真っ先に反応して「あんまり重要か分からないが」と前置きをした。
「ゲームエリアに景品交換ってやつがあった」
僕はゲームエリアを思い出し、それらしいものを探す。
あまり通うことがなかったので、知らなかった。
大川さんは「詳しく」と説明を促した。
「仕組みは単純みたいだな。ゲームをしてポイントを稼ぐ。そのポイントで景品と交換する」
「その景品が特殊とか?」
「内容はシークレット。事前情報はくれないらしい」
「この場所らしいじゃない」
流田さんの皮肉に、大川さんは同意の笑みを漏らす。
確かに館の性質は秘密主義という点で一貫していた。
「簡単に達成できるって反応でもなさそうだけど」
「すぐには無理だろうな」
「……優先順位は低いってことかな。了解、その話は一旦保留しようか」
その扱いに、僕はほんとうに低いのだろうかと心の中で首をかしげた。
藤堂さんと目が合う。おどけるように表情が崩された。ゲーマーの血が騒いでいそうだった。
「他に気が付いたことは?」
「いいかしら」
「桂ちゃん」
「……その呼び方はやめて欲しいって言ったはずだけれど」
「慣れだろうね」
これからも改めそうにない返答を聞き、流田さんは眉をひそめた。
このやり取りも初めてではなかった。それが意外だった。
「気になった点で一つ。2018年以降の書籍を探したのだけれど、無いみたいね。私の予想ではすべて確認しても結果は同じ」
「あー、そういや、漫画も新刊が出てこねえな」
藤堂さんがぼやく。
「え、そうなんですか? 私ずっと続きを待っていたんですけど」
そう椎名さんが驚いた。相当ショックだったようで口が開いている。
流田さんは知っていたかのように「ええ」と肯定した。
「2018年……」
大川さんが考え込む。
「意味はありそう?」
僕は「中途半端ですよね」と思ったことを口にした。
「じゃ、2018年が閉じ込められた年ってことですか……?」
佐伯さんが解釈する。
「どうかしら。2018年と館のシステムは同年代?」
「俺もそう思う。ここまでのテクノロジーは聞いたことがない」
「え、それだと……。どうなるっているんでしょうか……?」
そう佐伯さんが困惑して、会議室が静かになった。
誰もこの矛盾について考察できそうになかった。糸口である可能性は高い。綻びをついていけば、何か得られるかもしれない。
「そもそも私たちが2018年の人間なのか、そこも曖昧ね」
ただ、あまりにも現実と乖離していて、まともに答えが出せないのも事実だった。ロボット、完璧なシステム。これらはいったい何だろう。
「しょうがない。この話も保留で。今すぐどうにかなりそうにも無いから」
空気が緩むのが分かる。
僕としても難しい話は肩に力を入れて考えたくなかった。ふとしたときに、なんとなく考えているぐらいが、長く付き合えそうだった。
……長く付き合いたくは、ないのだけれど。
「最後。この館の存在について意見を出し合おうと思うんだけど」
嬉野が待っていましたと言うように「宇宙船説。この館の説明としてその可能性はないか?」そう発言する。
「自分でも馬鹿な話だとは思うんだが、地球に住めなくなった。だから俺たちは宇宙で生存する道を選んだ。まったくない話ではないだろ?」
「この館のテクノロジーなら十分可能だと思う」
そう言って僕はすぐに思い浮かんだ反論の他に、決定的な証拠を探す。
「ただ、この館からは、青空と太陽が見える」
結局、最初に浮かんだ反論を話した。
「なら、場所を地上にすればいい。大気汚染で外に出られなくなった。そこで館に閉じこもることを選んだ」
「それなら、これまでの可能性としては、一番あるのかな」
そうだっとして、説明できそうな根拠を考えた。
地球を住めない土地に変えるのは倫理の抑圧がなければできてしまう。しかし、それだと、この九人しか人類が残っていないと考えることもできる。
「2018年がポイントだろうね」
その一言で皆が屋敷さんを見た。
「いや、俺が発言しちゃまずいことでもあるのかい」
何も知らないといった態度で肩をすくめる。
「そういえば太陽の周期を観察するのを忘れていたね」
猫飼さんが言った。
「四季があるのか。これも十分な手がかりになると思う」
「大川さんは知っていますか?」僕は尋ねた。
この半年で気づいたことで、どこでどんな過ごし方をするのかは人によって傾向がある。比較的日光が入ってくるリラクゼーションエリアといえば大川さんがよく過ごしていた。
「知らないけど。どうして日光浴するのに時間を気にするわけ」
「周期は日本に近そうね」
流田さんが代わりに答えた。
「らしいよ」
「ええ、はい」
だからといってここから何かが発展するわけではないけれど。
「場所は地上で確定か……」猫飼さんも考え始めた。
しかし大川さんの考えは違ったみたいだった。
「猫飼さん、今日はここまでにしない?」
ペンにキャップをして「情報の取集がついていなさそうだから」と補足する。
猫飼さんは「え、ああ、そうだね」と上の空の返事をした。
「そう、それ」
気にする素振りもなく、ホワイトボードの受けにペンを片付ける。自分の席へ戻ってくると、大きな息とともに姿勢を崩した。気力を取り戻すように、正したところで、
「というわけで――」
「ちょい待ち」
遮ったのは藤堂さんだった。
何だろうと、僕はその先の言葉を予想しながら耳を澄ました。
「大川、一つ聞きたいことがある」
「なにかな」
「どうしてこの場所を館って呼ぶのかについてだ」
その一言で少なくとも僕と大川さんは言いたいことを理解したはずだった。
「歩田に聞いたぜ。どうしてこの場所を正五角館って呼ぶのか。有名な小説があるみたいだな」
「そうだけど」
「こういうのはクローズドサークルって言うらしいな。つまり密室空間における殺人事件だ。まさにこの状況のことだろ? 随分と、まあ、不謹慎な話だよな」
「否定はしない。不謹慎って言われれば、そう。けど私が言っているのは正五角館までで、その先については冗談でも言及したことはないんじゃないかな」
大川さんは視線を落として考え事を始める。視線が上がるとともにまぶたが開かれた。
「例えば、正五角館の日常。この意見に反対は?」
藤堂さんは、「正五角館の日常ねえ。つまんなそうなタイトルだな」と首をかしげる。むしろもっと、物騒な言葉を期待していたみたいだった。
「いいじゃない平和で」
「私もそう思います。平和が一番ですよ」
藤堂さんは「そりゃそうだけどさあ」と引く。
大川さんは一段落したと判断したようだった。
「そういうわけで六回目の会議を終了します。お疲れさまでした」
そう言うと続々と参加者が退出していった。僕も流れに合わせて退出する。
今回の議論で新しい疑問点がいくつか指摘された。きっとしばらくはそのことを考え続けるだろう。今日はどこで過ごそうか。自室にこもっているより自然エリアに行った方がいいのかもしれない。
僕は天窓から太陽でも観察していようと思った。




