椎谷あみるは
◆
「伶、気づいているか?」
論戦が始まってから十五分ほどが経過したところで、あたしは伶に主語をあえて抜いて問いを発した。
「なんとなく、な」
「お前もそう思うか」
「ああ」
主語を抜いているというのに、会話が成立する。
おそらく、あたしが気にしていることは、伶も感じているのだろう。
あたしたちのいる場所にも、彼らの会話は聞こえてきている。その会話のなかで、あたしも伶も、椎谷あみるに関して、不自然だと思えるところが出ていたのだ。
「ええと? どういうことですか?」
一人、会話に参加できない真が割って入ってくる。
無視しても良かったのだが、さすが、一応先輩なだけあって、伶が律儀に説明を始めた。
「真君。椎谷あみるの質疑応答に妙なところがあることに気付かないか?」
「妙なところ……?」
「ああ。ちょっと考えてみると、当たり前のことだとは思うんだが……」
あたしも伶も、未だ続いている論戦の方が気になっている。
いつもより要領を得ない説明になってしまう。
「椎谷あみるはこちらを否定する時も、そうでない時も、こちらが完全に間違っているとは決して口にしていないし、否定する時も、他人の迷惑がどうとか、一般論を持ち出しているんだよ。それも、芽依君が言ったことを受けて、それに対して反論しているという感じだ」
「否定する時? んー?」
真はよく分からないという風に首を傾げる。
「彼女は我々を物凄い毛嫌いしつつも、否定する時は一般論でしか否定してこない。頑張ることや努力が無意味で、気持ち悪いとすら言っているのに、真っ向から叩き潰しに来ない。正論をぶつけて、なんとか私たちに納得してもらおうとしているような雰囲気だ」
論戦に耳を傾けたままなので、伶の説明は分かりにくかった。
正直、説明など面倒だし、論戦の方が気になるが……脇でぶつぶつやられるのも嫌だ。
一旦、意識をこっちに集中しよう。
「真、いいか、伶の言うことをまとめるとだな。あたしらのことを心底嫌っているやつなら、『お前らのやってることは間違っている』とはっきり突きつけてきてもおかしくないってことだ。嫌っているんだから、当たり前だよな?」
真は少し考え、頷く。
「なら、どうして、彼女はそれをしない? さっきから、反論する時に正論ばかり使って、自分の理論を展開しない。まるで、正論を使わなければ、間違っていると言えないように、な。どうしてだと思う?」
はっきり、言葉にしてやると、真は納得いったという表情になる。
「そっか。椎谷先輩は、俺らがしていることを頭から否定できないと認めているんだ。だから、否定する時にはどうしても、一般的に考えて、ということを口にしないといけなくなっている」
「そういうことだ。要は、椎谷あみる自身、あたしらのしていることを否定し切れないと最初から悟っているんだよ。のらりくらりと芽依の言及をさけてはいるが、一歩間違えば、こちらのしていることを認めてしまいそうになっている」
「じゃあ、そこを突けば?」
「あるいは、な」
言うと、真は追求するのをやめ、真剣な表情を芽依たちに向ける。
「……」
あえて言う必要もない、か。
あたしと伶が気付いた違和感はそれだけではない。
椎谷あみるはあたしらのしていることを認めている。その上、ひょっとしたら、自分のしていることは間違っていると思っているかもしれない。どころか、自分のしていること――荒らし行為――に、嫌悪感を覚えているのかもしれない。
これはただの憶測で、なんの確証もないことだが、彼女は論戦が始まってから、一度も自分のしていることが正しいと口にしていない。そりゃ、荒らし行為が正しいなんて、やっている当人たちですら思わないのかもしれないが、椎谷あみるは、少し特殊に見える。
普通、荒らしをしている人間は、厄介事は避ける。
なのに、椎谷あみるはどういうわけか、この論戦を真っ向から受け、しかも、明らかに面倒くさい流れになっているにも関わらず、辛抱強く芽依の相手をしている。それも、おそらくは自分に不利な条件を突きつけられているのに、だ。
そして、会話の内容も少々おかしい。
彼女は自分の正しさを決して主張していない。相手の意見を潰すか、もしくは、自分のことを相手に認めさせようとしている。自分のしていることは正しくないが、自分のしていることの邪魔はしないでくれと、言っているようにも思える。
全て、雰囲気や、話している内容からの推測にしかすぎない。
けれど、もし、この推測が正しいのなら、
椎谷あみるは、荒らし行為を、したくてしているわけではない――。




