あっそ
◆
「人の迷惑になる、ということがいけないなら、MDKのしていることと大差ないんじゃないかな? むしろ、善意からやっている行動だからこそ、かえって邪魔になっているとは考えないの?」
「どうですかね? そもそも、荒らしという行為がなくなれば俺らはなにも行動しなくて良くなるんですから、原因を作り出している人たちがやめてくれればいいだけの話でしょう?」
「それは、違うと思うよ。だいたい荒らしを撲滅する、なんていうこと自体が不可能だとわたしは思ってるけど? なら、無自覚な荒らしをしている人を含めて、あなたたちが黙った方が荒れなくなる。荒らしを止めようとしているのなら、そっちの方がよっぽど効果的じゃないかな?」
「そうかもしれませんね。ですが、椎谷先輩のような荒らしをする人が消えない限り、無自覚な荒らしをしている人も、消えないと思うんですよ。確かに、その方法で荒らしは少なくなるかもしませんけど、劇的に状況が変わるとは思えません」
俺も、椎谷先輩も、互いの意見をぶつけ合う。
かれこれ、十分近くこの状態が続いている。
「ふーん? じゃあ、訊くけど、荒らしを止めようとして、荒らしに加わっているあなたたちはそれでいいと思っているの? 撲滅しようとしていると考えれば、聞こえはいいかもしれないけれど、はっきり言って逆効果になっているんじゃない?」
「その点は否定しません。現段階では、ですけどね」
「現段階では? じゃあ、今はその現段階では、という状況なんでしょ? 先を見据えるのも結構なことだけど、今、この瞬間、無自覚な荒らしをしている人たちによって迷惑だと思う人もいるんだよ? 即刻やめるべきじゃないの?」
「あのですね。そういう、迷惑だと思われることが俺らにとっては邪魔なんですよ。荒らしに加担する形になっているのは申し訳ないとは思いますけど、そういう邪魔だという視線が俺らにとっては迷惑なんです。なら、結局のところは価値観の押し付け合いになります。だったら自分が正しいと思うことをしますよ」
「随分と手前勝手な話だと思うけど?」
「荒らしをしている人にしても同じでしょう?」
返すと、椎谷先輩はにやっと笑う。
ぶっちゃけ、突破口が開けない。
論戦自体は、ほぼ互角と言えた。
綾瀬さんに鍛えてもらった成果が出ているらしく、相手の揚げ足を取り、相手の言うことを感情的に受け止めないで、てきとーに返す。それこそ、小学生のケンカのように。論理的だのなんだのということで分かりにくくなっているが、結局はこう言えばああ言う、ああ言えばこう言うという状況を続ければいい。それだけで互角の勝負にはなる。
だが、それだけでは駄目なのだ。
相手を上回り、制さなければならない。
「そう言えば、さっきからわたしの言うことを全否定していないよね? それって認めているということじゃないの?」
「違いますよ。椎谷先輩の言うことも一理あると納得しているだけで、認めているわけではありません」
「でも、さっき君が言った、価値観の押し付け合いとやらを、全員に当てはめるなら、全員のことを認める必要があるんじゃない? わたしのことも認めてもらえないかな?」
「できませんよ。価値観の押し付け合い云々は、状況を示しただけです。それを当てはめたからと言って、椎谷先輩を心から賛同できるわけありませんから」
「あっそ。上手いこと言うね~」
ひらひらと面倒くさそうに手を振ってこの話題での解決を諦める椎谷先輩。
その動作は、面倒くさいという雰囲気ではあったが、どこか、苛立っているようにも見えた。おそらく、予想以上に俺が奮闘しているせいで、ストレスが溜まってきているのだろう。
今度はこちらから、仕掛けてみるか……。
「そういえば、椎谷先輩は今の状況をどう捉えているんですか?」
「どう捉えているって?」
「俺が価値観の押し付け合いだって言ったように、どう捉えているのか、率直な感想を聞かせてください」
椎谷先輩は少しの間「そうね~」と考えるような素振りを見せてから、答える。
「回答になっているか分からないけど、わたしはどうでもいいんじゃないかな、と思ってるよ。誰がどう動こうと、わたしには関係ないことだし、わたしはわたしのやりたいことをするだけだよ」
「どうでもいい、ですか?」
「うん。はっきり言っちゃうと、君たちMDKの活動だって、実は不干渉で行こうと思ってたからね。でも、実際に会ってみたら、予想を遥かに上回るお笑い集団だったから、ちょっかい出してみてるの」
子供のような表情で、くすくすと笑う。
「俺らってそんなに面白いですか? どうでもいいと思っているなら、勝手にやりたいことをしてればいいじゃないですか」
少し、いらつきながら答えると、
「あれあれ? わたしの荒らし行為を止めようとしてるんじゃなかったの? 勝手にやりたいことをさせていいのかな~?」
これまた腹の立つ口調で、腹の立つ反応をされる。
「……」
落ち着けと自分に言い聞かせる。この人の言うことをいちいち真に受けていたらいつまで経っても解決しない。今は感情よりも優先させるべきことがあるのだ。
「……まあ、そんなことはさて置き。どうでもいいと言うなら、荒らしをやめるという選択肢はないんですか?」
ぐっと高ぶる感情を抑えてそう言うと、椎谷先輩はちょっとだけ意外そうな顔をする。
挑発に乗ってくると思っていたのかもしれない。
それでも、言葉の上ではそれは出さず、「ないよ」と即答する。
「今やめたら、君たちに言われたからやめた、みたいで嫌じゃん」
子供かよ……。
「それに、努力すれば、なんでもできるみたいに思ってる人たちって、すっごく不快で気持ち悪いんだよね。だから、君たちがそういう姿勢でいる限り、敵対することはやめたくないよ」
「……」
いろいろ反論したいが、これ以上、突っ込むことはできない。
椎谷先輩は、ああ言えばこう言うという、子供じみた発言を繰り返すが、たまに感情をそのまま表に出してくる。正直、上手い使い方だと思う。
先ほどから何度か感情をあらわにしているのだが、そこを突っ込むと「答える必要ある?」と開き直られるのだ。そう返されてしまうと、こちらから手出しできない。
要所要所で感情を表に出すというのは、実は優秀な攻撃、又は防御方法だと言えた。
そんなことを考えつつ、やはり、とも思う。
頑張ること、努力することを毛嫌いしているというのは確かなことのようだ。そこが解決するための鍵になるのは間違いないだろう。
しかし、論戦に勝っていない今尋ねても、意味はないだろう。
「……」
「……」
ほんの数秒、互いに黙ってから、また言葉を交わす。
いつになったら終わるのか、まだ見通しがつかない。




