やめやめ
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いい加減、こっちもイライラしてきた。
論戦が始まってから既に二十分以上経過している。
長丁場になるかもしれないとは思っていたが、こういう会話をずっと続けるのはストレスが溜まる。精神的な消耗が半端ではない。
「あーもう! やめやめ、めんどくさい!」
と、そんなことを思っていたら、椎谷先輩の方も限界だったのか、放棄してきた。
「それは、負けを認めるってことですか?」
一応、警戒して一言入れてみるが、
「もういいから、そういうの。ぶっちゃけた話しよう。絶対、時間の無駄だよ」
本当に面倒そうな口調で言ってくる。
椎谷先輩はサイドポニーにしてあるゴムを外して、「それでいい?」と聞いてくる。
「……」
警戒は解けない。が、こちらとしても、このやり取りでどうにかなるとはそろそろ無理だと感じ始めていたところだ。
ぶっちゃけた話をしたいというのなら、むしろありがたい申し出だ。
素直に「分かりました」と答える。
「それじゃ、まず、互いの目的を確認しよう。いいよね?」
「えと、はい」
「うん。……分かってることだけど、君たちMDKはわたしを含めた、荒らしをしている人を止めたい。で、現状、もっとも迷惑な存在であるわたしを説得しようとしている。間違ってないよね?」
「あ、そうです」
「それで、わたしの方は荒らしをやめるつもりなんて毛頭ない。君らに関しても、このタイミングやめるなんて論外。そういうこと。オーケー?」
頷く。
「じゃあ聞くけど、どうして荒らしをなくしたいの? 人の迷惑がどうとか、ホントにもうそういうのはいいから、素直に答えて」
「……」
「どうかした?」
「あ、いえ、なんでもないですけど……」
「……?」
椎谷先輩は、極自然に、首を傾げてみせる。
別に、どうもしていない。
ただ、ちょっと意外だった。
どこかで、椎谷あみるという人間はどういう場面でも、誰かを嘲笑し、ふざけた論理を展開する人間だと思っていたのだ。こんな風に、それこそ普通の女子大生みたいな仕草で対応されると、逆に戸惑ってしまう。
とはいえ、これはチャンスかもしれない。
どっちが椎谷あみるの素の姿なのかは分からないけれど、ぶっちゃけた話を要求してきたのは椎谷先輩の方だ。どさくさにまぎれて、荒らしをしている理由を聞けるかもしれない。
「ええと、荒らしをなくしたい理由、でしたよね?」
「そう。……どうせ、モコモコ動画内で嫌な思いをしたからとか、そういう理由だと思うけど、一応聞かせて」
「う……」
「うん? 図星だった?」
答えるまでもなく、見透かされていた。
「あー、そういうことか。面倒だな~。単なる正義感で動いている、阿呆集団じゃなかったんだ……。個人的な感情も混じってるなら、そりゃ感情的にもなるか」
腕を組み、うんうんと納得したように頷く。
なにやら、理解を示されているようだ。
「つまり、要約すると――」
少しだけ間を置いて、椎谷先輩はさらっと言った。
「逆切れしている、と。そういうことか……」
全然、分かってもらえてなかった。
じと目で先輩を見ていると、視線に気付いたのか、理由を説明してくれた。
「だってそうでしょ? 自分が嫌な思いをしたから、その相手を叩きのめそうとしているってことでしょ? そんな行動のどこに正義感が入る余地があるの? やってることは正しいのかもしれないけど、だからなに? 自分の価値観を誰かに押し付けて、満足感に浸ってるだけ。そういう自覚、あるの? さっき、『価値観の押し付け合いになっているんだから、自分が正しいと思うことをする』とか言ってたけど、本当に正しいと思ってる? もうちょっとちゃんと考えなよ。自分がされて嫌なことを、正しさという言葉を隠れ蓑にして他人に押し付けているだけでしょ? 馬鹿じゃないの? 単なる逆切れ以外のなにものでもないでしょ?」
ぺらぺらと、いつか、MDKに来た時のように、一方的にまくしたてられる。
「……」
反論したいのに、言っていること全てを否定できず、詰まってしまう。
「こういう人たちって、悪気がないのが疲れるというか、面倒なのよね……。悪気があってしている人って、しっかり問い質すと謝るもん。中途半端に『自分は正しいことをしている』という気になっているから、余計こじれるんだよ」
「……そ、そういう椎谷先輩はどうなんですか?」
それでも、なんとか、返してみる。
「さっきから、こっちが逆切れしているとか、なんとか言ってますけど、椎谷先輩はどうなんですか? こっちが一方的に悪いみたいな言い方はやめて欲しいですよ。もともと、荒らし行為がなければ、俺らはなにもしないんですから」
「そうだね……。君の言うとおり、発端となるものがなければ、なにも起こらない。そうだよ、正解だよ。でもねー、それは無理な話だよ。……例えばだけど、君はこれまで、小、中、高と学校に通っていたわけでしょ? 分かると思うけど、いじめってどこの学校にもある、ありふれたものなんだよ。それを、完全に撲滅することって、可能だと思う?」
「……」
「君たちがやろうとしていることは、同じことだと思うよ。人が何人も集まれば、価値観がぶつかり合うのはしょうがない。いじめだって、加害者だけに問題があるって考えが間違っているのは分かるでしょ? それと同じで、荒らし行為も、荒らし行為をする側だけに問題があるとするのは、間違っていることなんだよ」
「……」
理解、できる。できてしまう。
いじめの問題と荒らしをこじつけるのはどうかと思うが、そうかもしれないと思ってしまった。いじめをするのは、良くないことだ。そんなことは誰だって分かる。だけど、いじめのなかには、被害者がそのもととなる原因を作ってしまっている可能性もあるのだ。全てのいじめがそうだとは言わないが、被害者だからといって、一方的に加害者を悪者に仕立て上げるのはナンセンスだ。
同じことが荒らしでも言える。たとえば真が最初にアップした動画はどうだっただろうか。あんな動画をアップしておいて、視聴者全員に褒めろというのも、おかしな話だ。
もちろん、理由はそれだけではないだろうが、それと同じように、荒らしをしている人だけが悪いとするのは、間違っているのかもしれない。




