君だ
「けど、それ、問題があるよね」
「なんだ?」
「最初の言い合いで、勝たなければならないけど、勝てるの? さっき、綾瀬さんが言い合っている様子を見る限り、互角っていう感じだったけど」
そう。考えは分かるが、問題がある。
椎谷先輩は同じ土俵に立ったところでそう簡単に負けてくれる相手じゃない。このなかで唯一対等に闘えるであろう綾瀬さんでも、五分という感じだったのだ。
「言われなくても分かってる。それについてはもう策はあるさ」
真が横でおお、と驚く。
「策?」
「そうだ」
綾瀬さんは一息ついて、言った。
「椎谷あみるの相手になるのは、芽依、君だ」
◆
で、結局。
「だーかーら、相手の言うことをいちいち真に受けるな。上辺だけを見て、判断する。相手の揚げ足を取ることに全力を注げ。答える必要のない問いには答えるな。驚いたり、怒ったり、そういうのも、表には絶対出すな」
「……分かるけど、無理じゃない?」
「無理じゃない」
ピシャリと言われて、俺は沈黙した。
現在、椎谷あみる攻略戦の特訓中である。
と、言っても、特訓しているのは主に俺だけ。綾瀬さんは相手をしているだけだし、他二人は全く別のことをしている。
「これ、全部消すんか……」
「真君。もし、嫌なら変わってくれてもいいのだぞ?」
「いやいや、俺に動画編集技術とかないんで。そっちの方が明らかに大変そうだしやめておきます」
真はとにかく荒らしに繋がるようなコメントの消去をしている。今まではどれだけ荒れても放置だったのだが、椎谷先輩の介入でさすがに無視できるレベルではないと判断した。特に、黒鳥さんの動画を中心にコメントを消去している。
黒鳥さんは、新しい動画を作成中だ。いくら荒れても屈しないという姿勢を見せる必要がある。もしこれで投稿を止めてしまえば、椎谷先輩の思うつぼだろう。荒らしに屈することだけは、MDKとして、してはならないことだ。
「ていうか、こうしてると、ホントに綾瀬さんが行けばいいじゃんって思うんだけど」
「それは説明しただろ?」
「そうだけどさ……」
綾瀬さんはずっと口達者モードで俺の相手をしている。
そうやって接していると、どうして俺がと思わずにはいられない。
彼女や黒鳥さんが言うには、綾瀬さんでは、たとえ椎谷先輩を言い負かすことができてもその後が続かないとのことだった。
第二段階では、ただ突っ込むだけでなく、相手の話を聞く姿勢も持ち合わせていなければならない。椎谷先輩がなにか反応を示したら、それをちゃんと聞こうという態度を示さないといけない。
その時、綾瀬さんでは役不足だろうということだった。
この性格を考えると納得できてしまうのが悔しいというかなんというか……。
ちなみに、椎谷先輩と話す時は、一対一で、ということだった。複数人が相手だと、言い負かしたところで「ただのいじめじゃないこれ?」と言われかねない。椎谷先輩に敗北感をたっぷり味わってもらうためには、一対一でないと駄目なのだ。




