頑張ること
「でも、そうやって話し合ったところで、荒らしをやめてくれるとは到底思えないぜ?」
「ああ、その通りだ」
真の指摘に、綾瀬さんは頷く。
「たとえ話し合えたところで、向こうに合わせている以上、上辺だけの会話になる。それは間違いない。おそらく、いくら言い合いで優位に立とうが、最終的には『だからなに?』と言われて終わりだ」
「なら、どうするの?」
聞くと、ここからが本題だというように、綾瀬さんは皆の顔を見回してから話す。
「あたしが考えている策は、二段階ある」
「二段階?」
「そうだ。いいか、まず一つ」
指を一本立てる。
「言い合いに勝つことだ。さっきあたしがやったみたいに、あいつと同じ土俵に立って、同じ目線で会話をする。そして、その言い合いで、勝つ。あいつを、ボコボコにする」
「ボコボコにするって……」
「あいつに、荒らし行為は馬鹿なことだと認めさせれば良い」
綾瀬さんは一度、言葉を切って、問いかけてくる。
「相手の口車に乗ってしまって、本来、そんなことは認めたくないのに、認めざるを得ないということはないか? 自分が言ったことを相手に復唱されて、裏をかかれて、揚げ足を取られて、最終的に認めざるを得なくなるという経験は、ないか?」
「……何度かは」
「だろう? SNSで『死にたい』とか軽く言っているやつがいるが、そういう奴らに『じゃあ頼むので死んでください』と言うのと同じだ。普通なら、そんなことを言っている人間がいれば心配するし、大丈夫かなと思う。だがそうではなく、相手の言葉をそのまま受け取り、逆手にとって返す。この例は極端だが、同じようなことを繰り返せば、相手になにかを認めさせることは容易になる。この要領で、あいつに荒らし行為は馬鹿なことなのだと認めさせる」
確かに、卓越した話術があれば可能かもしれない。
ただ、それができたらもうそこで終わり――いや、違うか。上辺だけの会話なのだから、もしもそれで認めさせたとしても、結局なにも変わらない。
「そこで、二つ目だ」
びっと中指を立ててみせる。
「あいつ、やたら『頑張ること』を嫌がっていなかったか?」
「頑張ること?」
「そうだ。よく思い出してみろ」
「……」
思い出してみる。
椎谷先輩の言ったこと、数々の煽り文句を。
『本気になっちゃって馬鹿じゃないの?』
『頑張ればなんでもできると思ってる?』
『頑張ればなんでも許されるとか、一生懸命作り上げたモノは汚されるべきではないとか、そういう綺麗ごとが好きな仲間と一緒にいるあなたと、同じ土俵にいるとか思われたくないけど?』
確かに、頑張るということを毛嫌いしていたかもしれない。
「それが無意識のうちなのか、それともあいつの過去になにかあった結果、忌み嫌っているのかは分からん。だが、あいつにとって、頑張るということがなにかの引き金になっているのは確実だ」
「それは私も同感だ。最初に来た時も、本気でやっていることを気持ち悪いと言っていた。もしもネタでMDKが活動しているのならば、ここまでこじれることはなかっただろうな」
黒鳥さんの補足を受け、綾瀬さんは続ける。
「だから、それをあいつに問答無用で突きつける。その後、なにが出てくるかは分からんが、出てきたモノが少なくとも、あいつにとってなにか意味のあることに間違いない」
「あの、けど、突きつけても、椎谷先輩の性格からして、『知らねえよ』ってなるんじゃ?」
「ああ、そうなる可能性は高い。だからこそ、一つ目の言い合いが鍵となる」
「ええと?」
どういうことだろうか。
ちょっと理解しにくい。
いや、はっとした表情になっている黒鳥さんを見ると、俺と真の頭の回転が遅いだけか?
「つまりだな、伶はもう分かっているみたいだが、こういうことだ」
コホンと咳払いをして、綾瀬さんはまとめる。
「第一段階で、あいつ自身に上辺だけだろうがとにかく荒らしをすることは間違っていると言わせるんだよ。で、そうなってしまえば、あいつ自身のガードも緩まるだろうってことだ。上辺だろうが荒らしは馬鹿なことだと認めさせた上で、『ずっと、頑張ることを嫌っていたのは何故か』と尋ねる。それでもシラを切るだろうが、言い合いに負けた後だ。気が弱くなっているだろう。たとえ知らないと答えたとしても、なんらかの反応を示す可能性は高い。そういうことだ」
「……」
綾瀬さんの考えは分かった。
あのプライドの高い椎谷先輩のことだ。おそらくは得意分野である言い争いで負けたとなれば、普段より弱気になるだろう。そこへ、無意識だろうが意識的にだろうが、とにかく気にしている『頑張ることを嫌がっている理由』を突っ込めば、反応を示す可能性は高い。素直に答えてくれなくても、なにかがぽろっと出てくるかもしれない。




