翌朝の誤解
ディルハードが起きる二時間前に起床し、身支度と朝食を済ませる。
その後、下女を二人連れて王子を起こしに行くのがセリフィスの朝一番の仕事だ。
下女はディルハードの寝顔が見れるとほくほく顔だが、セリフィスの意識は既に仕事モードだ。
いかに王子の寝顔が気品と色気を振り撒く美形ぶりだろうと、三ヶ月間毎日見ていれば多少は刺激が薄まる。
あくまでも多少、だが。
王子の居室の前で不寝番についていた兵士二人に挨拶し、セリフィスはドアを開けてもらった。
朝の湯浴みを担当する下女とはそこで別れ、二人は寝室以外の部屋を回った。
分厚いカーテンを括り、窓を開いて朝の陽光と空気を部屋中に行き渡らせる。
それから下女は後発の朝食を持ち込む使用人と合流するため、セリフィスと別れた。
王子を起こすのは、セリフィスの役目だ。
「セリフィスです、入ります」
寝室のドアをノックして名乗ると、セリフィスは寝室に身を滑り込ませた。
カーテンの閉まった薄暗い部屋。
詰めれば四人……いや、五人は横になれるほど余裕のあるベッドが壁際に鎮座している。
少し離れた場所にあるテーブルには、空になった寝酒の瓶と皿。
それを見て、セリフィスは眉をひそめる。
どうやら、二人とも酒が進みすぎたらしい。
今度はボトルではなく、デカンタで出してやろうかと思った。
「殿下、おはようございます」
カーテンを開けてから豪奢なシーツの盛り上がりに声をかけると、中身がもぞりと動いた。
シーツの中から、神々しいほどの美貌が現れる。
あふ、とディルハードはあくびをした。
重なり合っていた長い睫毛が離れ、深海色の瞳が陽射しを捕らえる。
「……おはよう」
その目がセリフィスを認識すると、笑みの形に細められた。
「おはようございます。湯殿の準備は整っておりますよ」
「あぁ……」
起き上がって寝乱れた姿を遠慮なく晒すディルハードが発する男の色気は、下女が見たら鼻血噴出ものだろう。
セリフィスだって無事では済まず、思わず硬直してしまった。
が、その硬直はすぐに解ける事になる。
ディルハードの向こうから、声がしたからだ。
「ん……もう朝?」
まだ変声しきっていない、あどけない声。
同じ人物に深く関わる仕事のため、打ち合わせで顔を合わせる事も多い。
「……っ!」
ディルハードの横から、見慣れたクリムゾンブロンドが覗いていた。
「あぁ、朝だ……起きろ、ガイザーヴ」
「ん〜」
甘えた声で返事をすると、ガイザーヴは寝ぼけ眼で起き上がる。
「先に湯浴みを済ませる。朝食はどうする?」
「いらない。今日は非番だし、買い食いする」
慣れたやり取りに、セリフィスは二人を凝視する。
この二人、こんなやり取りができるほど何度も同衾しているらしい。
「あ、あの……」
恐る恐る声をかけると、二人が硬直した。
ギシッと擬音が聞こえる動作で、同時にセリフィスを見遣る。
「何でここに……」
ガイザーヴのかすれた声に、セリフィスは困って眉を寄せた。
「それは、仕事ですから……」
言われれば最もで、ガイザーヴは頭を抱えてしまった。
セリフィスの朝一番の仕事は、定刻にディルハードを起こす事だ。
この半年は忘却していた忌まわしい**の事を思い出してしまったばかりに、彼女へこんな醜態を見せてしまった。
「お……お二人は、仲がよろしいですね」
引き攣った笑顔で、セリフィスが言う。
「再従兄弟同士ですから、無理もありませんが……その、ご病気には気をつけてくださいませ」
失礼しますと呟いて、セリフィスは部屋を出て行った。
「……誤解されたな」
心底困った風なディルハードの声に、ガイザーヴはベッドへ突っ伏した。
「ご病気って……俺、もう男に掘られたくない……」
「私だって、男色家と思われるのは心外だ」
けれど弁解した所で、セリフィスが理解してくれない限りはドツボに嵌まり込んだままだ。
むしろ世間の目を気にして秘密を保とうと努力している、なんて誤解を招く恐れがある。
一体、どうしたものか。