7話:船乗り
二人で調べた最初の例は、港町の老人だった。
広場に、孫娘が祖父の夢日記を載せていた。祖父は若い頃から船に乗り、世界中の港を回った人だった。船を降りてからは記録機をつけて眠り、朝ごとに夢の話を孫娘に語って、孫娘がそれを書き留めていた。
ジャスミンが、たまたまその港町の近くにいた。
会ってきます、と彼女は書いた。最後の頁のことを、本人の家族に訊けるのは初めてだから。
三日後、長い報告が届いた。
孫娘さんは、私より少し年下の人でした。お祖父さんの部屋を見せてくれました。壁に、古い海図がたくさん貼ってありました。
お祖父さんは、何千人に会ったか分からない人だったそうです。港ごとに友だちがいて、どこの酒場でも名前を呼ばれたそうです。だから夢日記も毎晩顔だらけで、書き留めるのが大変だったと、孫娘さんは笑っていました。
最後のひと月は、あなたの書いた通りでした。靄が出なくなった。知らない人が一人もいない夢になった。昔の船の仲間、港の宿の女主人、若い頃に喧嘩をした男。一晩に一人か二人。お祖父さんは夢の話をするたびに、懐かしいなあ、と言っていたそうです。
そして、最後の夜。
お祖父さんは、女の子の夢を見たそうです。
十二か十三くらいの、痩せた女の子。港の石段に座っていて、お祖父さんが通りかかると、手に持っていた蜜柑を一つ、黙って差し出した。
お祖父さんは朝になって、孫娘さんにその話をして、こう言ったそうです。
「あれは、六十年前の子だ。最初の航海で寄った港の、石段の子だ。一度しか会っていない。名前も知らない。今の今まで、一度も思い出したことがなかった」
その日の夕方、お祖父さんは眠るように亡くなったそうです。
孫娘さんは、最後の記録を見せてくれました。粗い画面でした。ほとんどが光と影でした。でも、石段に座った女の子の顔だけは、はっきり映っていました。痩せた頬と、大きな目。
六十年も前に、一度見ただけの顔なのに。
差し出された手の上の丸い果物も、顔ほどではないけれど、形が分かりました。蜜柑なら何千個も見てきた人ですから、と孫娘さんは言っていました。泣いてはいませんでした。おじいちゃんは最後に、あの子に蜜柑をもらいに行ったんだと思います、とも言っていました。
グレハムは、その報告を何度も読んだ。
六十年前に一度見ただけの顔を、人は最後まで持っている。夢はその顔を、六十年のあいだどこかにしまっておいて、最後の夜に取り出した。
一度会えば、それで足りるのだ。
一度、顔を見れば。
彼は、画面に向かって打った。
写真を見せて。
送ってから、自分でも驚いた。最初に断られた冬から、何度か頼んで、そのたびに街の話が一つ届いた。もう頼むのはやめようと思っていた。けれど、六十年前に一度会っただけの女の子の顔なら、痩せた頬と大きな目だと知っている。毎日言葉を交わしている人の顔は、何一つ知らない。そのことが、急に耐えられなくなった。
返事は、少し間をあけて来た。
検索したでしょう。
グレハムは少し迷ってから、した、と打った。
花しか出てこなかった?
うん。
じゃあ、それが私です。
グレハムは、しばらく何も打てなかった。冗談なのだと分かった。冗談にしてくれたのだと分かった。その冗談の向こうに何があるのかは、分からなかった。
分かった、と彼は打った。花を見ておく。
うん、見ておいて。
その夜、彼は久しぶりに、白い花の写真を開いた。星の形の、小さな花。これが彼女だと言われると、そう見えなくもなかった。
灯りを消すと、夢に父が来た。
「旅に出なさい」
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