6話:火
翌日のジャスミンの文章は、本当に長かった。
子どもの頃、私は海の近くの町に住んでいました。父と母と、弟がいました。九つのときのことです。
ある朝、母が朝ごはんの支度をしながら、笑って言いました。
「このごろ、知ってる人ばかり夢に出てくるのよ。小さい頃の友だちとか、死んだおばあちゃんとか、市場のおじさんとか。昨日なんか、全然知らない男の人が出てきたの。でも、知ってる顔だった。誰だったかしら」
母はそう言って首をかしげて、それきり忘れたように、パンを焼きました。私は牛乳を飲んでいて、母の話をちゃんと聞いていませんでした。弟は、パンの耳を残して怒られていました。普通の朝でした。
その夜、家が燃えました。
原因は分かりません。隣の家から燃え移ったとも、台所からだったとも言われました。私は二階の窓から、誰かに引っぱり出されました。誰だったのかは知りません。気がついたときには病院にいて、父と母と弟は、もういませんでした。
それから私は、母の夢の話を、何度も思い出しました。
知ってる人ばかり、夢に出てくるのよ。
大人になってから、ほかの誰かに話したことがあります。偶然だよ、と言われました。夢なんて毎晩見るんだから、と。私も、そうなのだろうと思っていました。思うようにしていました。
あなたの文章を読むまでは。
母の最後の夢を説明できる言葉を、私はあなたの文章で初めて見ました。だから、信じます。信じるしかないんです。
グレハムは、その文章を最後まで読んだ。
もう一度、最初から読んだ。
九つの子どもが、牛乳を飲みながら、母親の夢の話を聞き流している。その朝の台所が、見たこともないのに浮かんだ。パンの焼ける匂い。弟の残したパンの耳。それから、その夜の火。
彼女は、自分が怪我をしたかどうかは書いていなかった。引っぱり出された、と書いてあるだけだった。
グレハムは、写真のことを思った。
彼女はなぜ、顔を見せないのか。今なら、訊けば答えてくれるかもしれなかった。こんなに長い文章を書いてくれた夜なら。
けれど、彼は訊かなかった。
訊かないことが、この夜に自分にできる、ただ一つのことのような気がした。
代わりに、彼は書いた。
話してくれてありがとう。お母さんが見ていたのは、たぶん、最後の頁でした。自分の名簿を最後の一人まで見て、それから逝ったんだと思います。
送ってから、少し後悔した。慰めになっていない気がした。
返事は、すぐに来た。
ありがとう。そういうふうに考えたことはなかった。最後の一人まで見た、か。
少しあいて、もう一行。
母は、ちゃんと全員に会えたんですね。夢の中で。
それを読んで、グレハムは画面の前で動けなくなった。
夢の中で全員に会う。それは、死ぬことだった。けれど、ジャスミンの言葉で書かれると、それは別のことのようにも読めた。
その夜、彼は花の写真を開かなかった。
灯りを消して目を閉じると、知らない台所が浮かんだ。窓から朝の光が入っていて、女の人が、パンを焼きながら首をかしげている。その人の顔は、分からなかった。
夢に、父が来た。
「旅に出なさい」
グレハムは初めて、父から目をそらした。
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