5話:ルール
ひと月かけて、グレハムは文章を書いた。
書いては消し、消しては書いた。数字を並べ、例を並べ、例外がないことを確かめた。それから最後に、一番上に、一行だけを置いた。
出会った人が全員、夢に出てきたとき、人は死ぬ。
出会った人というのは、生身で会って、その顔を見たことのある人のことだ、と彼は続けた。本人が忘れてしまった顔でも、夢は覚えている。画面越しに声を聞いただけの相手は、夢の中で顔のない靄になる。文字を交わしただけの相手は、靄にもならない。どちらも、数に入らない。数に入るのは、顔だけだ。
人は一生のあいだに、出会った人の顔を少しずつ夢に見ていく。同じ顔を何度も見ることもあれば、何十年も見ないままの顔もある。そして最後の日々に、まだ一度も夢に出ていない顔が、一晩に一人か二人ずつ現れる。最後の一人を見ると、その人はまもなく死ぬ。
それが原因なのか、前触れなのかは分からない、とも書いた。分かっているのは、百を超える最後の頁に、例外が一つもないということだけだった。
彼はそれを、広場に載せた。
夜のうちに、反応がつきはじめた。面白い、という声がいくつかあった。怖い、という声もあった。けれど朝までに一番多くなったのは、笑い声だった。
じゃあ、人に会わない奴ほど早死にってことか。
引きこもりは長生きできないらしいぞ。
夢で出会うあの人に、ご用心。
研究所の人間らしい誰かが、短く書いた。死の直前に古い記憶がよみがえるのは、よく知られた現象である。それを因果と呼ぶのは飛躍だ。集めた例にも偏りがある。
その一言で、流れは決まった。数日のうちに、彼の文章は、広場によくある怖い噂の一つになった。暇な人が面白がって引用し、もっと暇な人が尾ひれをつけた。最後の顔を見ないために、新しい人に会い続けなければならないらしい。誰かに会いそびれると、その晩に死ぬらしい。そうやって話は少しずつ、彼の書いたものとは違うものになっていった。
グレハムは、反論しなかった。
反論するための言葉は、全部最初の文章に書いてあった。それを読まない人に、新しい言葉は届かない。
ただ、笑い声の中の一行が、ずっと胸に残っていた。
人に会わない奴ほど早死にする。
その一行は、彼の文章のどこにも書いていないのに、彼の文章の、一番正しい要約のような気がした。
三日目の夜、ジャスミンから言葉が届いた。
いつもの長い文章ではなかった。街の話もなかった。
信じます。
それだけだった。
グレハムは、その四文字を長いあいだ見ていた。
広場には、何千という言葉がついていた。そのどれもが、彼の文章を読んだ上で、彼を通り過ぎていった。ジャスミンの四文字だけが、通り過ぎなかった。
どうして、と彼は送った。
しばらくして、返事が来た。
明日、話します。少し長くなるので。
その夜も、父が夢に来た。
「旅に出なさい」
父の声を聞きながら、グレハムは、笑い声の中の一行を思い出していた。人に会わない奴ほど早死にする。その一行と父の言葉が、どこかで一本の糸につながっている気がした。糸の先をたどるのが怖くて、彼はたどるのをやめた。
靄の中の父は、それ以上、何も言わなかった。
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