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10話:会いたい

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 春が近づいた頃、ジャスミンから知らせが来た。

 

 今度、あなたの住んでいる町の、二つ隣の駅まで行きます。川のある町です。仕事で、ひと月ほどいることになりました。

 

 グレハムは、地図を開いた。二つ隣の駅。列車で二十分もかからない。

 

 七年間、彼女はずっと遠くにいた。硝子の浜も、布の市場も、階段の街も、どこにあるのか分からないくらい遠かった。その人が、二十分のところに来る。

 

 少しして、もう一行が届いた。

 

 会いませんか。

 

 グレハムは、画面の前で長いあいだ動かなかった。

 

 会えば、名簿が一人増える。

 

 計算は、すぐにできた。父と、母と、ジャスミン。三人になる。最後の一人は、母ではなくなる。母を夢に見ても、まだ死なない。ジャスミンの顔が、まだ残っている。

 

 一日か、一年か、十年か。どれだけ延びるのかは分からない。けれど、延びる。

 

 会うべきだった。父の言葉の通りに。

 

 けれど、会うためには、外に出なければならない。玄関の扉を開け、道を歩き、駅へ行き、列車に乗り、知らない人のあいだを通って、二つ隣の駅まで行かなければならない。

 

 計算は、会えと言っていた。計算の外側に、扉があった。

 

 断る言葉を、何度も打っては消した。最後に送ったのは、短い文章だった。

 

 ごめんなさい。行けません。

 

 理由は書かなかった。書けなかった。玄関の扉が怖いという理由を、三十を過ぎた男がどうやって書けばいいのか、分からなかった。

 

 返事は、なかなか来なかった。

 

 夜遅くになって、届いた。いつもの街の話ではなかった。

 

 分かりました。無理を言って、ごめんなさい。

 

 少しあいて、もう一行。

 

 でも、少し驚きました。

 

 顔を見せたくないのは、私のほうなのに。

 

 グレハムは、その一行を読んで、息を止めた。

 

 写真を頼むたびに、街が一つ届いた。冗談で、花を差し出された。彼女は一度も、理由を言わなかった。言わないことが、彼女の答えだった。

 

 その彼女が、会おうと言った。顔を見せたくない人が、二十分のところまで来て、会おうと言った。どれだけの勇気がいったのか、彼には想像もつかなかった。

 

 そして彼は、それを断ったのだ。扉が怖いという理由で。

 

 ごめん、と彼は打った。

 

 そういうつもりじゃなかった。君の顔が見たくないんじゃない。見たい。ずっと見たかった。

 

 送ってから、続けた。

 

 僕は、外に出たことがないんだ。生まれてから、一度も。

 

 初めて、書いた。七年間、一度も書かなかったことを。

 

 返事は、すぐに来た。

 

 知っていました。

 

 あなたの文章には、外の匂いがしないから。

 

 グレハムは、画面を見つめた。

 

 それから、もう一行。

 

 ひと月、川のある町にいます。気が変わったら、いつでも。私は待つのが得意です。旅人なので。

 

 その夜、彼は白い花の写真を開いた。

 

 星の形の、小さな花。それが私です、と言った人が、二十分のところにいる。顔を見せたくないのに、見せようとしてくれた人が。

 

 灯りを消すと、夢に父が来た。

 

「旅に出なさい」

 

 グレハムは初めて、父の言葉に頷きそうになった。

 

 頷く前に、目が覚めた。


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