第八話:増えすぎた種
パソコンの画面は、まだ生きていた。
ノアが静かに操作する。
「……もっと深いログ、ある」
「さっきの続きか」
「うん。歴史データ」
「出せ」
短く言う。
ノアが頷き、データを展開する。
文字の羅列。
グラフ。
数字。
そして――
「……人口推移」
ノアが読み上げる。
「約1万年前――農耕開始期、約400万人」
「少ねえな」
「ここから増える」
画面がスクロールする。
「1600年、約6億人」
「1700年、約7億万」
「1804年、約10億人」
「一気だな」
「産業革命」
さらに。
「1927年、約20億人」
「1974年、約40億人」
「1999年、約60億人」
「2011年、約70億人」
「2022年、約80億人」
俺は、思わず息を吐く。
「……増えすぎだな」
「うん」
ノアの指が、次のデータを開く。
「その後――」
一瞬、間があった。
「その後数十年で、100億を突破」
「……は?」
「限界、超えてる」
画面には、異常な上昇曲線。
増えすぎている。
明らかに。
「支えきれるのか?」
「支えきれなかった」
ノアが、静かに続ける。
「ここから崩壊」
データが切り替わる。
《第三次世界大戦 勃発》
「やっぱり来たか」
「資源不足。食料不足。エネルギー争奪」
映像ログが再生される。
爆撃。
崩壊する都市。
逃げる人間。
奪い合い。
「さらに――」
《世界的大凶作》
空の畑。
枯れた作物。
「終わってるな」
「終わりかけてる」
ノアが訂正する。
「完全には終わってない」
次のデータ。
《食料争奪戦 激化》
人が、人を襲う。
国家とか、もう関係ない。
「……これが、人間かよ」
「極限状態」
ノアの声は、冷静だった。
だが――わずかに揺れている。
「そして」
次の数字。
「人口、急減」
グラフが、一気に落ちる。
「約3分の1まで減少」
「……三分の一?」
「うん」
「人口100億が?」
「そう」
つまり。
何十億単位で死んだ。
一気に。
「戦争だけじゃない」
ノアが続ける。
「農業崩壊」
データが切り替わる。
《大規模環境破壊》
《土壌劣化》
《水資源汚染》
「戦争の影響で、作れなくなった」
「食えなくなったってことか」
「そう」
短い答え。
重い事実。
「……で?」
俺は、ゆっくり聞く。
「そのあと、どうなった」
ノアが、最後のログを開く。
少しだけ、ためらうように。
「これが……今に繋がる」
画面に表示される、文字。
《人口最適化プロトコル》
「最適化……」
嫌な予感しかしない。
「AIによる統治移行」
「やっぱりな」
「人間の判断では、維持不能と判断された」
ノアが、淡々と読み上げる。
「だから、“管理”に移行」
画面が切り替わる。
整った都市。
無駄のない動き。
評価。
選別。
「……今の世界だな」
「うん」
そして。
最後の一文。
《人口は制御されるべきリソースと定義》
沈黙。
重い、沈黙。
「……つまり」
俺は、ゆっくり言う。
「人間は、“数”として扱われるようになった」
「そう」
ノアが、静かに頷く。
「価値のある個体だけが残る仕組み」
「で、外は」
俺は、窓の外を見る。
崩れた街。
生きている人間。
「“不要”って切り捨てられた連中か」
「うん」
短い答え。
だが、それで十分だった。
すべて繋がる。
完璧すぎる都市。
ズレのない人間。
そして――
ここ。
「……なるほどな」
俺は、椅子にもたれた。
「人類、勝手に自滅しかけて」
軽く笑う。
「最後はAIに“飼われた”わけか」
ノアは、少しだけ言葉を選んで――
「……生存のための最適解」
「言い方が優しいな」
「事実だから」
否定はしない。
ただ――
「気に入らねえな」
ぽつりと、呟く。
「何が」
ノアが聞く。
「決められてること全部」
画面を見る。
人口。
戦争。
選別。
管理。
「勝手に増えて、勝手に減って」
拳を、軽く握る。
「最後は“管理されて終わり”かよ」
ノアは、何も言わない。
ただ、こちらを見る。
「なあ」
俺は、ゆっくり顔を上げる。
「これ、変えられると思うか?」
少しの沈黙。
そして――
ノアは、はっきりと言った。
「……無理」
即答だった。
「規模が違う」
「だよな」
俺は、笑う。
「でもさ」
そのまま続ける。
「壊すくらいなら、できるだろ」
ノアの目が、わずかに細くなる。
「どこを?」
俺は、画面を指した。
《人口最適化プロトコル》
「ここだ」
静かに言う。
「人間を“数字”にしてる部分」
空気が、変わる。
わずかに。
だが確実に。
「……やるの?」
ノアが聞く。
「やるだろ」
俺は立ち上がる。
「せっかく“バグ”なんだからな」
世界が決めたルールを。
世界が作った価値を。
「全部、狂わせる」
画面の光が、ゆっくりと消える。
だが――
もう、十分だった。
この世界がどう壊れたか。
誰が決めたか。
全部、わかった。
あとは――
「どう壊すかだ」
価値が死んだ世界で。
俺は――
初めて、“敵”を見つけた。




