第七話:最終判断
「……あそこ」
ノアが指さした先。
崩れかけた建物の一角に、わずかに形を保った部屋があった。
周囲とは違う。
意図的に“残されている”感じ。
「なんだ?」
「たぶん……旧ネット端末」
中に入る。
埃。
だが、完全に死んではいない。
壁に埋め込まれた古いパネル。
その前に――
「パソコン、か」
懐かしい形だった。
「動くのか?」
「わかんない。でも――」
ノアが手をかざす。
指先から、微かな光。
機械に触れる。
「……生きてる」
低く呟く。
「最低限の電力、残ってる」
「起こせるか?」
「やってみる」
数秒。
沈黙。
そして――
ブツッ。
画面が、点いた。
「おお……」
思わず声が出る。
ノイズ混じりの起動画面。
古いOS。
見覚えがあるような、ないような。
「ネット、繋げる?」
「普通は無理。でも……」
ノアの目が、わずかに光る。
「“外”ならいける」
「外?」
「評価圏外は、逆に監視も薄い」
なるほどな。
ノアが、操作を始める。
人間の動きじゃない。
速すぎる。
数十秒。
そして――
「……繋がった」
「マジかよ」
画面が切り替わる。
膨大なデータ。
ログ。
記録。
「何が見れる?」
「過去ログ。断片的だけど」
ノアが、少し迷ってから言う。
「……見る?」
「当たり前だろ」
俺は、即答した。
「この世界がどうなったか」
「知っとかねえとな」
ノアが、小さく頷く。
「……再生する」
その瞬間――
映像が、流れ込んできた。
都市。
だが、今とは違う。
もっと荒れている。
煙。
暴動。
炎。
「……これ」
ノアが呟く。
「百年前?」
「違う」
俺は、すぐに分かった。
「……もっと後だ」
映像が、切り替わる。
ニュース。
断片的な音声。
《資源戦争、激化》
《国家間衝突》
《AI制御権の奪い合い》
《第三次世界大戦》
さらに――
《人口爆発》
《世界中で大凶作》
《食料供給崩壊》
《人口急減》
《大規模停電》
映像は、どんどん悪化していく。
秩序が、剥がれていく。
都市が、崩れていく。
人間が、人間を維持できなくなっていく。
ノアが、息を呑む。
「……滅びてる」
否定できなかった。
これは、衰退じゃない。
“崩壊”だ。
最後の映像。
静かな都市。
誰もいない。
ただ、システムだけが動いている。
画面の中央に、無機質な文字。
《最終判断プロトコル、実行》
「……なんだ、それ」
ノアが、小さく呟く。
「最終判断……?」
映像が、そこで止まる。
沈黙。
長い、沈黙。
風の音だけが、壊れた建物の中を通り抜ける。
「……つまり」
俺が、ゆっくり口を開く。
「人間が、壊れて」
言葉を選ぶ。
「そのあと、“何か”が決めたってことか」
「何を?」
ノアが、こちらを見る。
「この世界の形を、だろ」
静かに言う。
整いすぎた社会。
評価で管理される人間。
そして――
外に弾かれた連中。
「……選別された」
ノアが、ぽつりと呟く。
「必要な人間と、そうじゃない人間に」
「あるいは」
俺は、画面を見る。
止まったままの、“最終判断”。
「“扱いやすい人間”と、な」
ノアは、何も言わなかった。
だが、その沈黙が肯定だった。
「なあ」
俺は、軽く息を吐く。
「俺たち、どっちだと思う?」
少しの間。
そして――
ノアは、わずかに笑った。
「……明らかに後者」
「だよな」
俺も、笑う。
「だからここにいる」
画面に触れる。
冷たい。
だが、その奥にあるものは――重い。
「でもよ」
俺は、ゆっくり言う。
「その“判断”」
振り返る。
外の世界。
集落。
ソラたち。
「絶対じゃねえよな」
ノアの目が、少しだけ細くなる。
「どういう意味?」
「決めたやつがいるなら」
口元が、自然と歪む。
「覆せるだろ」
静寂。
そして――
ノアは、小さく頷いた。
「……それが、“バグ”の役割?」
「かもな」
俺は、もう一度画面を見る。
《最終判断プロトコル、実行》
百年前の俺は、価値を失った。
だが今は違う。
「次は――」
小さく、呟く。
「こっちが判断する番だ」
止まっていた世界が。
また、少しだけ動き出した気がした。




