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百年後の未来で価値を失った俺が、世界のルールを壊すまで  作者: レモンティー


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第四話:最初のズレ

「――で、何をすればいい」

俺はカップを持ったまま、少女を見る。

「簡単だよ」

少女は笑う。

「“普通じゃないこと”をするだけ」

「……それが一番難しいんじゃないのか?」

「この世界ではね」

くすっと笑う。

店内は相変わらず静かだった。

さっきのカップの破片も、いつの間にか回収されている。

床は、もう元通りだ。

何もなかったみたいに。

「……気に入らねえな」

ぽつりと、言った。

「何が?」

「全部だよ」

完璧すぎる。

無駄がない。

ズレがない。

だから――つまらない。

「よし」

カップを見下ろす。

「やってみるか」

少女は一歩下がる。

観察する目。

「いいよ。見てる」

その言い方が、妙に腹立たしかった。

だが――悪くない。

「まずは……そうだな」

周りを見る。

全員が同じタイミングで飲む。

同じ角度。

同じ動き。

だったら――

「……こいつらって」

思わず、呟いた。

「人間を真似しているだけの――人間もどきのロボットか」

自分の声が、やけに浮いて聞こえた。

少女は少しだけ笑う。

「半分、正解」

「半分?」

「中身は人間。でも――動きは“それ”に近いね」

その言い方が、妙に納得できた。

「気持ち悪いな」

「でしょ?」

少女は楽しそうだった。

「だから、壊す価値がある」

「……ああ」

俺はカップを持ち上げる。

だったら――

「こうだ」

俺は、カップを口元まで持っていって――止めた。

飲まない。

ただ、止める。

「……」

一秒。

二秒。

三秒。

何も起きない。

「……なんだ、こんなもんか」

その瞬間だった。

正面の席の女が、ぴたりと止まった。

カップを持ったまま。

俺と同じように。

「……あ?」

さらに、その隣。

さらに、その奥。

ぽつり、ぽつりと――

動きが止まる。

「おいおい」

思わず笑う。

「マジかよ」

少女の目が、わずかに見開かれる。

「……早い」

「何が?」

「伝播速度」

楽しそうに言うな。

だが――確かに、これは。

「面白いな」

止まる人間が増えていく。

店の中の“流れ”が、明らかに乱れていく。

それでも、完全には止まらない。

まだ動いている奴もいる。

その“差”が――妙に気持ち悪い。

「じゃあ、次だ」

俺は、カップを――

逆さにした。

「おいおい」

少女が笑う。

「それは派手だね」

コーヒーが、テーブルにこぼれる。

黒い液体が、広がる。

本来ならあり得ない動き。

最適化された世界では、絶対に起きないミス。

「……来るぞ」

その瞬間だった。

一人。

また一人。

カップを落とす。

こぼす。

止まる。

動きが乱れる。

「おいおいおい」

さすがに笑いがこみ上げる。

「こんな簡単でいいのかよ」

少女は、くくっと肩を震わせる。

「だから言ったでしょ」

店内の空気が、変わる。

ざわめき。

ほんの小さなノイズ。

それだけなのに――

異常だ。

「ズレはね」

少女が言う。

照明が、また揺れる。

今度は少し長く。

「“基準”を壊すの」

カウンターの奥。

機械の動きが、わずかに遅れる。

注文パネルに、微細な遅延。

誤差。

ほんのわずかなズレ。

だが――

それが、積み重なる。

「……すげえな」

俺は素直に言った。

「たったこれだけで」

「うん」

少女は頷く。

「この世界、“完璧すぎる”から」

その言葉の意味が、今ならわかる。

完璧すぎるものは――

ほんの少しのズレで、全部が崩れる。

「じゃあ、最後だ」

俺はカップを持ち上げた。

中身はもう、ほとんど空だ。

それでも――

「締めだな」

床に、叩きつけた。

ガシャッ、と音が響く。

今度は、はっきりと。

強く。

大きく。

その瞬間――

店の中の全員が、止まった。

完全停止。

誰も動かない。

誰も瞬きすらしない。

「……やりすぎたか?」

静寂。

さっきまでの均一な世界が、完全に止まった。

その中で――

ひとつだけ、違う音。

ピッ――

エラー音。

赤い表示が、空中に浮かび上がる。

【システム整合性エラー】

【行動パターン逸脱】

【再同期を試行中――】

「……おい」

俺は笑った。

止まらない。

「これ、ヤバいんじゃないのか?」

少女は――

楽しそうに、笑っていた。

「大成功」

その目が、強く光る。

「ね?」

ゆっくりと、言う。

「言ったでしょ」

止まった世界の中で。

唯一、自由に動ける俺たち。

「予測できないものが、一番面白いって」

その瞬間――

店の奥。

黒い天井の一部が、静かに開いた。

そこから――

何かが、降りてくる。

人ではない。

機械でもない。

「……なんだ、あれ」

少女は、少しだけ目を細めた。

「来たね」

楽しそうな声。

だが――ほんの少しだけ、緊張が混じる。

「“調整装置”」

空気が、変わる。

さっきまでとは違う――

“排除”の気配。

「おじさん」

少女が、初めて少しだけ真剣な声で言った。

「次、来るよ」

黒いそれが、ゆっくりとこちらを向いた。

光のない目。

感情のない視線。

完全な“最適化”の守り手。

そして――

明確な敵意。

「……なるほどな」

俺は笑った。

怖くないと言えば嘘になる。

だが――

それ以上に。

「面白くなってきた」

心の奥が、熱くなっていた。

価値のなかったはずの自分が。

今、この世界で――

確かに“何か”になっている。

「逃げるか?」

俺は聞く。

少女は、にやりと笑った。

「どうする?」

試すような目。

だったら――答えは一つだ。

「決まってるだろ」

一歩、前に出る。

黒い装置を見据える。

「壊し方、教えてくれよ」

その言葉に。

少女に聞いた。

「ところでお前、名前は?」

一瞬、きょとんとした顔。

それから、少しだけ笑う。

「まだない」

「じゃあ――」

俺は考えて、言った。

「“ノア”にしとくか」

「……適当だね」

「箱舟だよ」

肩をすくめる。

「全部流れたあとに残るやつだ」

少女――ノアは、少しだけ目を細めた。

「いいね、それ」

少女は、楽しそうに笑った。

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