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百年後の未来で価値を失った俺が、世界のルールを壊すまで  作者: レモンティー


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第三話:ズレは、感染する

「まずは服、だね」

少女はそう言って、俺を連れていった。

ビルの一角。

無機質な扉。

中に入ると、そこは“店”だった。

だが――店員がいない。

「……これ、勝手に着るのか?」

「うん。選ばれるから」

「は?」

意味がわからないまま立っていると、天井から光が降りてきた。

スキャン。

全身をなぞるような光。

直後、壁の一部が開く。

そこに並んでいたのは――服。

「おじさんに最適な衣服。温度調整、衝撃吸収、識別タグ付き」

「……勝手に決められるのかよ」

「そういう世界だって言ったでしょ?」

少女はもう着替え終わっていた。

早い。というより、無駄がない。

「で、これ着ればいいんだな」

「うん。あと、それ」

少女が指さしたのは、小さなチップのようなものだった。

「個人認証。これがないと“人間扱い”されない」

「……今の俺は?」

「未登録の物体」

さらっと言うな。

「それ、入れるよ」

「どこにだよ」

少女は俺の手を取った。

指先に、チップを当てる。

一瞬、熱。

それだけだった。

「……終わり?」

「終わり」

軽すぎる。

だが、直後――

視界の端に、何かが表示された。

数値。記号。識別コード。

「うわ、なんだこれ」

「それが“今のあなた”」

少女は覗き込む。

「……あ、やっぱり」

「何がだよ」

「スカスカ」

「悪口か?」

「違う違う」

くすくす笑う。

「普通はね、ここに履歴とか評価とか、いっぱい詰まってるの」

空中に、自分の情報を表示する。

確かに――ほとんど空白だった。

名前。年齢。最低限の生体情報。

それだけ。

「……これでいいのか?」

「最高だよ」

少女は言い切った。

「誰にも縛られてない。どこにも属してない」

一歩、近づく。

「だから、何にでもなれる」

その言葉に――ほんの一瞬だけ、胸が動いた。

「……で、最初の仕事は?」

少女はにやりと笑った。

「簡単なとこからいこうか」

画面を展開する。

そこに映ったのは――カフェだった。

「……店?」

「うん。“完全最適化店舗”」

嫌な予感しかしない。

「注文、調理、提供、全部が自動化されてる。誤差ゼロ」

「……何が問題なんだ」

「行ってみればわかるよ」

少女は歩き出す。

俺もついていく。

都市の中を。

均一な人々の流れの中を。

歩いていて、すぐに気づいた。

「……誰も、ぶつからないな」

「ぶつからないように動いてるからね」

「いや、それにしても――」

視線が合わない。

会話もない。

全員が、決められた軌道をなぞるみたいに動いている。

「……気味が悪い」

思わず、呟いた。

「でしょ?」

少女は楽しそうだった。

「だから、壊すの」

やがて、目的の店に着いた。

全面ガラス張り。

中は見える。

だが――違和感があった。

人はいる。

客もいる。

なのに――

静かすぎる。

「……なんだこれ」

中に入る。

席に座る客たち。

全員が同じ姿勢。

同じタイミングで、ドリンクを口に運ぶ。

同じ表情で、画面を見る。

「……ロボットか?」

「違うよ。人間」

少女は言う。

「ただ、“最適化されてるだけ”」

カウンターに立つ。

注文パネルが浮かび上がる。

「好きなの選んで」

「……じゃあ、コーヒー」

選択。

すぐに、奥で機械が動く。

数秒後、目の前にカップが出てきた。

「早いな」

一口、飲む。

「……うまいな」

正直な感想だった。

温度も、味も、完璧だ。

「でしょ?」

少女も飲む。

「でもね――」

その時だった。

隣の席の男が、カップを持ったまま止まった。

ぴたり、と。

「……?」

一秒。

二秒。

三秒。

動かない。

「なんだ?」

その瞬間――

男の手から、カップが滑り落ちた。

床に落ちる。

割れる。

音が、響く。

店の中で――たった一つの“ズレた音”。

全員が、一斉にそちらを見た。

同じタイミングで。

同じ角度で。

同じ表情で。

「……うわ」

鳥肌が立った。

気持ち悪い。

「今の、何だよ」

少女は、静かに言った。

「エラー」

その言葉と同時に――

店の照明が、一瞬だけ揺れた。

ほんの一瞬。

だが、確かに揺れた。

「……見た?」

少女が笑う。

「ズレはね――」

床に広がるコーヒー。

動かない客たち。

わずかに乱れた空気。

「伝染するんだよ」

その瞬間。

俺は、初めて理解した。

この仕事の意味を。

「……つまり」

ゆっくりと、笑う。

「俺がやるのは――」

少女が頷く。

「そう」

瞳が光る。

「この世界に、“ズレ”をばらまくこと」

完璧な世界に。

たった一滴の、不完全を。

その一滴が――

どこまで広がるか。

「……面白くなってきたな」

自然と、そう口にしていた。

百年前には、なかった感覚。

価値なんてなかったはずの自分が。

今、この世界で――

何かを壊せる。

何かを変えられる。

「じゃあ、おじさん」

少女が言う。

「最初のズレ、やってみよっか」

カフェの中。

均一な空気の中。

俺は、カップを手に取った。

そして――

ほんの少しだけ。

“普通じゃないこと”を考えた。

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