第二話:価値のない男の使い道
「仕事、いる?」
少女は軽く言った。
あまりにも軽くて、冗談にしか聞こえない。
「……三万しか持ってない男にか?」
「うん」
即答だった。
迷いが、まるでない。
「むしろ、その方がいい」
「は?」
意味がわからない。
俺は眉をひそめる。
少女は、少しだけ首を傾けた。
「ねえ、おじさん。今の社会ってさ、“無駄”が嫌われるの」
「……そりゃそうだろ」
「違うよ。徹底的に、だよ」
少女は指を一本立てた。
「効率。最適化。予測。管理」
一本ずつ折っていく。
「全部が数字で決まる世界」
「……」
「だからね、“価値がある人間”って、もう最初から決まってるの」
ぞくり、とした。
「生まれた時点で、適性はスキャンされる。教育も職業も、全部最適化される」
「……自由は?」
「あるよ。一応は」
一応、という言い方が引っかかった。
「でもね、選ばない自由なんて――ただの“誤差”」
少女は笑った。
冷たい笑いだった。
「で、俺はその誤差ってわけか」
「ううん」
少女は首を横に振る。
「誤差にすら入ってない」
「……は?」
「だっておじさん、“過去の人間”でしょ?」
ぐさり、と刺さる。
「データがない。評価もない。社会的履歴もない」
一歩、近づいてくる。
「つまり――予測不能」
その言葉に、少しだけ息が止まった。
「それが、どうした」
「面白いじゃん」
少女の瞳が、わずかに強く光る。
「この世界で、一番価値があるのはね――」
間。
「“予測できないもの”なんだよ」
風が吹いた。
高層ビルの隙間を抜ける、人工的な風。
それでも、その瞬間だけは妙に現実感があった。
「……で、何をやらせる気だ」
俺は聞いた。
どうせロクなもんじゃない。
だが、他に選択肢もない。
三万で生きられるほど、未来は甘くない。
少女は、ポケットから小さなデバイスを取り出した。
空中に、光のパネルが展開される。
そこに映し出されたのは――
「……人?」
いや、違う。
どこか不自然だ。
表情が、動きが、均一すぎる。
「これは?」
「最適化された人間たち」
「……は?」
「正確には、“調整済み個体”」
さらっと、とんでもない単語を出してきた。
「感情の振れ幅、思考パターン、行動選択――全部、平均化されてる」
「そんなの……人間じゃないだろ」
「うん。だから問題が起きてる」
少女は画面をスワイプする。
次の映像。
人々が、同じ方向に歩く。
同じタイミングで止まり。
同じ表情で、空を見上げる。
「……気持ち悪いな」
思わず、口に出た。
「でしょ?」
少女は嬉しそうに笑った。
「でもね、効率は最高なんだよ。事故も減るし、無駄もない」
「……じゃあ、何が問題なんだ」
少女は、こちらをまっすぐ見た。
「停滞」
短い言葉だった。
だが、重かった。
「誰も間違えない。誰も外れない。誰も逸れない」
「……」
「だから、“新しいもの”が生まれない」
風が止まった気がした。
「このままだとね、この社会――ゆっくり死ぬの」
静かに言う。
まるで、天気の話みたいに。
「だから必要なの」
少女は、俺を指さした。
「おじさんみたいな、“ズレた存在”が」
「……」
言い返せなかった。
ズレている。
確かにそうだ。
百年も前の価値観で生きていた人間なんて、今の世界じゃ異物でしかない。
「具体的には?」
ようやく、それだけ聞いた。
少女はにやりと笑う。
「簡単だよ」
指を鳴らす。
画面が切り替わる。
そこに映ったのは――
巨大な都市の中心部。
その奥にある、黒い塔。
「ここに潜り込んで」
少女は言った。
「“最適化”を、壊してきてほしい」
「……は?」
「安心して。破壊とかじゃないよ」
くすっと笑う。
「ただ、“予測を外す”だけ」
意味がわからない。
だが――
なぜか、少しだけ笑っていた。
「なるほどな」
ポケットの中の三万円を握る。
軽い。
あまりにも軽い。
だが――
「価値のない男にしかできない仕事、ってわけか」
少女は、満足そうに頷いた。
「そういうこと」
空を見上げる。
百年後の空は、相変わらず澄んでいた。
だが今は――
少しだけ、違って見えた。
「いいぜ」
俺は言った。
「その仕事、受けてやる」
価値がないなら。
せめて――
好きに使ってやる。
この、百年越しの命を。
少女の瞳が、強く光った。
「契約成立だね、おじさん」
その瞬間。
何かが、動き出した気がした。
止まっていたはずの世界が。
ほんの少しだけ――
ズレた。




