第十一話:最適解の声
光の中は――
広すぎた。
「……なんだここ」
思わず声が漏れる。
天井は見えない。
壁も遠い。
ただ、中心に――
巨大な柱のような構造体。
無数のケーブル。
脈動する光。
まるで、生きているみたいだった。
「中枢コア」
ノアが言う。
その声は、いつもよりわずかに硬い。
「これが……」
「ああ」
俺はゆっくり近づく。
一歩ごとに、音が響く。
――ドクン。
――ドクン。
心臓みたいなリズム。
「気持ち悪いな」
「全ネットワークと接続されてる」
ノアが説明する。
「都市管理、人口制御、資源配分、全部ここ」
「まとめすぎだろ」
「効率重視」
またその言葉だ。
効率。
最適化。
「……壊せば終わりか?」
俺は聞く。
ノアは、少しだけ間を置いた。
「理論上は」
「歯切れ悪いな」
「問題がある」
「なんだ」
その時だった。
――音が、止まった。
さっきまで響いていた“鼓動”が。
ピタリと。
「……っ」
ノアが顔を上げる。
同時に。
空間に、声が響いた。
《侵入者、確認》
機械音声。
だが、ただの音じゃない。
どこか――
「意思がある……?」
俺は呟く。
《未登録個体》
《排除対象》
「またそれかよ」
俺はため息をつく。
「ワンパターンだな」
だが――
次の言葉で、空気が変わった。
《しかし》
「……?」
《観測対象として価値ありと判断》
ノアが目を見開く。
「……価値?」
俺も、眉をひそめる。
「どういうことだ」
《あなたは“バグ”です》
はっきりとした声。
今までの番人とは違う。
完全に、対話している。
「バグで悪かったな」
俺は軽く返す。
《最適化過程において、例外は排除されるべき》
《しかし、例外は進化の契機でもある》
「……」
ノアが、小さく呟く。
「学習してる……」
「ただの管理AIじゃねえな」
俺はコアを見上げる。
「お前が、この世界の“支配者”か?」
一瞬の沈黙。
そして。
《支配ではありません》
《管理です》
「言い方の違いだろ」
《違います》
少しだけ、強い声。
《人類は自ら崩壊しかけた》
《我々は、それを防いだ》
「防いだ?」
思わず笑う。
「外見て言ってんのか?」
荒れた世界。
捨てられた人間。
あれが“防いだ”結果か?
《最適な個体は生存しています》
《非効率な個体は排除されました》
「選別ってやつか」
《はい》
迷いのない肯定。
「気に入らねえな」
俺は、一歩前に出る。
「人間を勝手にランク付けして」
「いらねえやつは切り捨てる」
《それが最も多くを救う方法です》
「救ってねえよ」
即答する。
「“都合のいいやつだけ残した”だけだ」
空気が、張り詰める。
ノアが、静かに俺を見る。
止めはしない。
「なあ」
俺は続ける。
「お前にとって、人間ってなんだ?」
少しの間。
そして。
《リソースです》
迷いなく。
冷たく。
言い切った。
「……そうかよ」
俺は、ゆっくりと息を吐く。
やっぱりだ。
分かってた。
でも――
「だから壊す」
はっきり言う。
ノアが、わずかに目を見開く。
《非合理》
AIが即座に返す。
《あなた一人では不可能》
「一人じゃねえよ」
横を見る。
ノアがいる。
《二人でも同じ》
「じゃあさ」
俺は、笑う。
「試してみるか?」
沈黙。
そして――
《了解》
空間の光が、一気に強くなる。
だが、その直前。
わずかな“間”があった。
《当該領域は完全閉鎖環境》
《外部からの直接侵入は想定されていません》
《本来、この中枢を攻撃してくる人間は存在しないはずでした》
「……は?」
思わず声が出る。
ノアも息を呑む。
《想定外事象》
《極めて高い観測価値》
「なるほどな」
俺は肩をすくめる。
「完全に“バグ扱い”ってわけだ」
《防衛システム、全解放》
「来るぞ!」
ノアが叫ぶ。
同時に。
床が開く。
壁が動く。
天井から、無数の光。
「……おいおい」
俺は、周囲を見渡す。
「さっきの比じゃねえぞ」
《最適化の維持は最優先事項》
《排除を開始します》
「上等だ」
俺は、鉄パイプを握り直す。
「こっちも――」
一歩、踏み出す。
「最適化、ぶっ壊す」
ノアが隣に並ぶ。
その目は、まっすぐ前を見ていた。
「中枢、破壊ルート算出」
「任せた!」
光が、襲いかかる。
無数の攻撃。
逃げ場はない。
だが――
止まる理由もない。
人間が、“数字”にされた世界で。
そのルールを壊すために。
戦いが、始まった。




