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第九十八話 リベリオンの答え

翌日、俺たちは再びエリュシオン城の会議室に集まっていた。



「さて、リオさんとアランさんにも来てもらったので、改めて十六番領地と八番領地に関しての対策会議を始めようと思う」



俺がそう告げると、室内の空気が引き締まる。


長机の最奥、上座には俺が座り、その背後にはデンスが控えていた。


昨夜、リオデルカからあの話を聞いたばかりのせいか、その背中はいつもよりも少しだけ冷たく見えた。


左隣にはミスラ、その隣にアラン。


右隣にはリオデルカ、そして今回の会議の中心人物とも言える、八番領地からの来訪者――カワナミさんとイマリが並んで座っている。


まだ顔色は優れないものの、カワナミさんは自分の足でこの場に来ていた。



「まず最初に紹介しておくが、今回は八番領主のカワナミさんと、その騎士であるイマリにも参加してもらう。みんな、よろしく頼む」



そう紹介されると、カワナミさんは静かに立ち上がり、ぺこりと一礼した。



「それでは、デンス。頼む」



皆の反応を確認してから声をかけると、デンスは一歩前へ出る。



「承知しました。……陛下も随分、会議慣れしてこられたようで。何よりです」



そう言って、わざとらしく口元を緩めた。


その言葉に、皆が小さく吹き出す。


張り詰めていた空気が、ほんの少しだけ和らいだ。



「い、いいから早く始めてくれ……」



俺が気恥ずかしさに顔を赤くすると、



「仰せのままに」



デンスは芝居がかった一礼を返した。


そして壁際へ歩み寄ると、そこに張り出された南部地域の地図へ視線を向ける。



「ではまず、十六番領地についてです」



会議室の視線が一斉に地図へ集まった。



「現在、十六番領地は十七番領地を奪取し、三層二領を支配しています。


 領主はイシダ タクミという男。報告によれば、かなり薄気味の悪い人物とのことです」



淡々とした説明。


だが、その声音には警戒が滲んでいた。



「陛下への暗殺未遂以降、目立った動きは見せていません。しかし、一つ気になる点があります」



「ほう。気になる点とは?」



リオデルカが低い声で問う。



「それは私から説明しましょう」



立ち上がったのはアランだった。


デンスが一歩下がり、説明を譲る。



「現在、十七番領地は“空”です」



「……空?」



思わず聞き返す。



「はい。文字通りです。正確には、畑や倉庫などの機能は維持されています。


 ですが、定住している領民がいません」



「!?」



俺だけでなく、多くの者が目を見開いた。



「十七番領地の領民は、全員十六番領地へ移されています」



「戦力増強……ね」



ミスラが低く呟く。



「そう考えるのが自然でしょうな。


 もっとも、人が増えたおかげで、こちらの斥候も内部へ入り込みやすくなりましたが」



デンスが補足するように言う。


アランは頷き、説明を続けた。



「その結果、領主の居場所も特定できました」



「ということは……」



「はい。予想通り、領主邸に引きこもっているようです」



やはり、か。


だが、これまでは内部へ潜入できず、確証がなかった。


それを思えば、大きな前進だった。



「そして、おそらく皆さんが最も気にしている点ですが――現時点で、竜血四侯の姿や接触は確認されていません」



「ふむ……領主と同じく、屋敷に籠っているとは考えにくいな」



リオデルカが立派な顎髭を撫でながら呟く。



「アレース方面に問題は?」



俺が尋ねると、アランはすぐに答えた。



「ジェイク君を東の駐屯地へ派遣し、軍備も増強しています。ですが、今のところ小競り合いすら起きていません」



「そうか。ありがとう」



礼を言うと、アランは穏やかに微笑み、席へ戻った。



「では続きまして、八番領地についてですが――」



デンスがそう言って、カワナミさんとイマリへ視線を向ける。



「そこから先は、ワシが説明しようかの」



イマリが椅子を引き、ゆっくり立ち上がった。



「改めて、イマリじゃ。


 とはいえ、リオデルカ殿とアラン殿以外とは、既に顔を合わせておるがの」



肩をすくめながら笑う。



「そして、この娘がワシの主――八番領主、カワナミ サクラじゃ」



改めて紹介されると、カワナミさんは小さく頭を下げた。



「さて、我ら八番領地の現状じゃが……簡単に言えば、九番領地によって陥落した」



既に知っている情報だったため、イマリは端的に説明する。



「もっとも、こうして領主本人がここにおる以上、“実効支配”と言ったほうが正しいかもしれんがの」



「しかし、同じ二層同士の戦いで、そこまで一方的になるものか?」



リオデルカが眉をひそめる。



「理由は単純じゃ。ワシらは、以前から十三番領地に繰り返し侵略を受けておった。その隙を突かれた形じゃな」



「ふむ……賢い動きだ」



感心したようにリオデルカが腕を組む。



「十三番領地としても、大国となったリベリオンを狙うより、一領地しか持たぬ我らを狙った方が現実的だったのじゃろう」



イマリの言葉に、その場の誰もが頷いた。


だが、カワナミさんだけは俯いたままだった。



「九番領地と十三番領地が手を組んでる可能性は?」



ミスラが鋭く問いかける。



「ワシはないと思っておる。


 十三番領地の被害が大きすぎるからの。


 食料を餌に協力を持ちかけられたとしても、あれほどの損害は割に合わん」



「それだけ十三番領地が追い詰められてたってことね」



「そういうことじゃ。皆、死に物狂いで攻めてきておった」



そこで会議室は静まり返った。


アレースやアテーナ出身の俺たちは、今こそこうして食料に困らず暮らしている。


だが、少し状況が違えば、自分たちも同じように飢えに追い立てられていたかもしれない。


そんな現実が、重苦しく胸にのしかかった。



「まぁ、そういうわけで、敗色濃厚となった我らは領主を連れ、ここまで逃げてきたというわけじゃ」



「まったく。せっかくのご厚意を、見事に利用されてしまいましたな」



デンスがにこやかに嫌味を口にする。



「そうかそうか。役に立てたなら何よりじゃ」



イマリも笑顔のまま応酬した。


ぴり、と空気が張る。



「おい……デンス」



「ちょっと、イマリちゃん……」



俺とカワナミさんが同時にたしなめると、二人は揃って肩をすくめた。



「まぁ、そういう経緯で今ここにおるわけじゃ」



イマリはそう言うと、一度表情を引き締める。


そして、真っ直ぐ俺を見据えた。



「そして、ここからが本題じゃ」



その声音から、先ほどまでの軽さが消える。



「ワシら八番領地は、リベリオンの庇護下に入ることを希望する」



改めて告げられたその言葉。


いつもの悪戯っぽい笑みはなく、そこにあったのは覚悟だけだった。



「八番領主殿の前でその提案をするということは、今回は独断ではなく、八番領地としての総意……そう受け取ってよろしいのですね?」



デンスが確認するように問いかける。



「そうじゃ」



短い返答。


俺と話した後、イマリはカワナミさんと何度も話し合ったらしい。


その上での提案だ。


つまりこれは、カワナミさん自身の意思でもある。


会議室が静まり返る。


リオデルカは腕を組んだまま目を閉じ、ミスラは鋭い視線でイマリを見つめている。


アランは両手を組み、その奥で何かを考え込んでいた。


その沈黙を破ったのは、俺だった。



「――その件だが、待ってほしい」



全員の視線が俺へ向く。



「リオさんとアランさんには、わざわざ来てもらった。


 皆にも、それぞれ考えておいてほしいと頼んでいた」



俺は一度言葉を切る。



「……でも、悪い。俺の中では、もう結論が出てる」



驚きが広がった。



「ほう。聞かせてもらおうか。その結論を」



リオデルカが静かに促す。


その表情は、まるで、頼もしくなったな、と言っているように見えた。


俺は大きく息を吸い込み、ゆっくり吐き出した。


そして――。



「八番領地からの提案は、断る」



その瞬間、空気が凍りついた。


イマリが目を見開く気配を感じる。


ミスラも、リオデルカも、アランも、誰一人として言葉を発しない。


だが、俺が見ていたのは彼らではなかった。


俺の視線の先にいたのは――俯いたまま、小さく肩を震わせるカワナミさんだった。


その震えが、拒絶された悲しみなのか。


それとも、別の何かなのか。


今の俺には、まだ分からなかった。


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