第九十六話 再集結
昼下がりの青空が広がる中、俺はエリュシオン城を擁する巨大都市の中心――ザ・シタデルの入り口に立っていた。
今日はこのあと、アテーナを任せているリオデルカと、俺が本拠地をエリュシオンへ移したことで新たにアレースを預かることになったアランが、到着する予定だった。
二人がここへ来る理由は明白だ。
十六番領地による俺への暗殺未遂。
そして、八番領地の陥落。
この二つを軸に、今後の方針と戦略を話し合うためである。
「陛下。何もご自身でこちらまでお出迎えなさらずとも、私たちが対応いたしますのに」
背後に控えていたシェリーが、穏やかな声でそう言った。
「ん? ああ……いや、ちょっとした気分転換だよ」
俺は前を向いたまま答える。
視線の先には、エリュシオンの街並みが広がっていた。
一か月ほど前、この地では激しい戦いが繰り広げられた。
だが、今やその面影はほとんど残っていない。
石畳の通りには人々の笑い声が響き、物々交換の露店には活気が満ち、行き交う住民たちの表情には穏やかな安堵が浮かんでいた。
「カワナミ サクラは……どうでしたの?」
今度はリンウェルの声だった。
父であるアランを迎えるため、彼女もまた俺の後ろに控えている。
――私を殺したほうが簡単なんじゃない?
脳裏に、カワナミさんのあの言葉が蘇る。
「……」
俺は一瞬、返答に詰まった。
短い沈黙が流れる。
「……ひどく混乱していたよ」
結局、そう答えるのが精一杯だった。
「そうですの……無理もありませんわね……」
リンウェルも、それ以上は踏み込んでこなかった。
そんなやり取りをしているうちに、遠くのほうに大きな一団が見えてくる。
それはまるで参勤交代の行列のように整然としており、アウター・リムのメインストリート中央をゆっくりと進んでいた。
「来たか」
俺が小さく呟くと、シェリーは静かに一礼し、城内へ向かう。
出迎えの準備を整えるためだろう。
跳ね橋を渡っていく彼女の背を見送っていると、今度はリンウェルがそっと俺の背中へ手を添えた。
「リンウェル……? どうした?」
「陛下……どうか、ご自分を責めないでくださいませ」
悲しげな表情を浮かべながら、彼女は静かに言った。
何かを察しているのだろう。
「……リンウェル、ありがとう」
俺はそれだけ返した。
城内の慌ただしさが、ここにいても伝わってくる。
やがて、複数の足音と共に、大勢の気配がこちらへ近づいてきた。
リンウェルは静かに手を離す。
「陛下、こちらの準備も整いました。いつでもお迎えできます」
先頭で城から出てきたアスラーが告げる。
「ずいぶん物々しい出迎えだな……」
俺は、アスラーの後方に整列したメイドたちを見て苦笑した。
「ここはリベリオンの首都にして、陛下がお住まいになる居城です。
ここでの振る舞いは、そのままリベリオンの威信を示します」
シェリーが胸を張って答える。
「なるほど……そういうものか」
「そういうものでございます」
姿勢を正し、堂々と言い切るシェリーに、俺は思わず笑みを漏らした。
再び視線を前へ戻す。
行列は既にアウター・リムを抜け、ミドル・リングへ入っていた。
「やっと来たようね」
背後から聞こえたのはミスラの声だった。
振り返れば、ミスラを先頭に、リリィ、アリア、ゾーイ、ザイン、アリーザが並んでいる。
「おや、皆さま既にお揃いでしたか」
続いて、デンスがイリスたちサブクラス持ちを引き連れて、ハイ・オービットから姿を現した。
「おいおい、総勢でお出迎えか……」
さすがに俺も苦笑いを隠せない。
「いいではありませんの。これぞリベリオンの威厳ですわ!」
リンウェルが誇らしげに胸を張る。
先ほどまで浮かべていた悲しげな表情は消え、そこにはいつもの穏やかな彼女がいた。
気づけば、ザ・シタデルの入り口には自然と皆が勢揃いしていた。
問題は山積みだ。
暗殺未遂。
八番領地の崩壊。
迫り来る他領地との衝突。
抱えるものはいくらでもある。
それでも今この瞬間だけは、久しぶりに顔を揃えた仲間たちの間に、どこか穏やかな空気が流れていた。
その空気を、いい意味で崩したのは、聞き慣れた豪快な声だった。
「まったく。素晴らしい都市だというのに、この老体に鞭打たねば辿り着けん構造とはな!」
笑いながら、リオデルカがハイ・オービットから続く長い階段を上ってくる。
「そうはおっしゃいますが、ここまで汗一つかいておられないではありませんか……私はもう……限界ですよ……」
その後ろから、アランが肩で息をしながら続いてきた。
額にはびっしりと汗が浮かんでいる。
「リオさん、アランさん。遠いところ、わざわざありがとうございます」
俺が頭を下げると、後ろの皆もそれに倣った。
「なんだこれは……随分と大層な出迎えではないか」
リオデルカが目を丸くする。
「まぁ……成り行きで、こうなりました」
俺が控えめに答えると、リオデルカは豪快に笑った。
「ふむ。それより陛下よ、無事で何よりじゃ。暗殺されかけたと聞いた時は、生きた心地がせなんだぞ」
そう言うと、彼は大きな腕で俺の両肩を掴み、そのまま軽々と持ち上げる。
「ええ……まぁ、なんとか」
苦笑しながら答えると、リオデルカはふっと真顔になった。
「あとでゆっくり話を聞かせてもらおう」
その視線は、一瞬だけシェリーへ向けられていた。
当の本人は、変わらぬ笑顔を浮かべたまま静かに立っている。
「そうだ、お二人に紹介したい子がいるんです」
俺はそう言ってゾーイを呼んだ。
「ゾーイ・アレクサだ! よろしくな!」
勢いよく飛び出してきたゾーイは、満面の笑みでそう名乗る。
礼儀作法など微塵も感じさせない挨拶に、後ろで何人かが冷や汗を流している気配がした。
だが――。
「ほう。元気な子だな。ワシはリオデルカ・アストロガルドだ。よろしくな、ゾーイ」
「私はアラン・クロフォードです。そこにいるリンウェルの父になります。よろしくお願いしますね、元気なお嬢さん」
二人は穏やかに応じた。
空気が柔らかく和む。
「しかし、本当に見事な要塞だな。これほどの城を短期間で築き上げるとは……ステータスの力というのは恐ろしいものだ」
「ええ。街の発展も、以前とは比べ物になりません。正直、驚きましたよ」
二人は感嘆したようにエリュシオン城を見上げる。
「デンスが頑張ってくれましたからね」
俺もまた、彼らと同じように城を見上げた。
白亜の外壁。
幾重にも張り巡らされた防壁。
空へ突き刺さるようにそびえる尖塔。
かつて何もなかったこの地に築かれた、新たな王都。
「さて、今日はお疲れでしょうし、部屋を用意しています。まずはゆっくり休んでください」
「うむ。そうさせてもらおうかのう」
そうして俺たちは、二人を伴って、跳ね橋を渡り城内へ向かった。
夕刻が近づき始めた空には、薄く朱が差し始めていた。
ザ・シタデルを吹き抜ける風が、旗をはためかせる。
眼下では、人々の営みが絶えることなく続いている。
笑い声。
鍛冶場から響く金属音。
その全てが、この都市が生きている証だった。
そして、その喧騒を見下ろすように、エリュシオン城は静かにそびえ立っている。
まるで、これから訪れる激動を前にしてもなお、この国を守り抜くと誓うかのように。
だが、その城の奥ではまもなく、暗殺未遂と八番領地陥落への対策が語られる。
束の間の穏やかさの向こうで、次の戦いはもう始まろうとしていた。




