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第九話 弔いの果てに

本日分の更新です。


本日もまた、12時、19時と三話投稿予定です。

――領主邸・廊下



「ねぇ聞いた? 領主様、三日も部屋に閉じこもってるみたいよ?」



扉の前。


朝の光が細く差し込む廊下で、若いメイドの声がひそやかに揺れた。



「また? ……もうこの領地も終わりかしら」



「でも、私たちにはどうすることもできないじゃない……」



「そうよね……」



囁き合う声は小さく、しかし不安だけが廊下に滲んでいく。



「――あなた達、仕事をしなさい」



いつの間にか背後に立っていた一人のメイドが、静かに言い放った。


年の頃はそう変わらないはずだったが、その声音には有無を言わせぬ重みがあった。


振り返った若いメイド達は息を呑む。


穏やかな立ち姿とは裏腹に、その視線は鋭く、冷たく、逃げ場を与えない。



「ご……ごめんなさい!」



慌てて頭を下げ、散ろうとした――その瞬間。


――ばんッ!


重い扉が、内側から勢いよく開かれた。


空気が張り詰める。


誰もが反射的に一歩、後ずさった。


ただ一人、先ほどのメイドだけが微動だにせず、その場で静かに頭を垂れる。



「おはようございます……どこかへお出かけでございますか?」



「あぁ」



短い返答。


それだけで、廊下の空気が変わる。


メイド達は無言のまま左右へ分かれ、壁際に寄る。


一本の道が自然とできていた。


男はその中央を、迷いなく歩いていく。


足音だけが、石の床に規則正しく響く。


やがてその背は、角の向こうへ消えた。


――静寂。


残されたメイドの一人が、息を潜めたまま呟く。



「あ……あれが、領主様……?」



「なんか……雰囲気が……前と、全然……」



堰き止められていた言葉が、溢れ出す。


ざわめきは次第に大きくなり――


――ぱんっ。


乾いた音が、それを断ち切った。



「ほら! あなた達、仕事に戻った戻った!」



先ほどのメイドが手を叩き、鋭く言い放つ。



「は、はい!」



弾かれたようにメイド達は散り、それぞれの持ち場へと戻っていく。


廊下に残ったのは、そのメイド一人だけ。


先ほどまでの険しい表情は消え、


わずかに――空を見上げるような、晴れやかな色が浮かんでいた。






俺の足は、南へ向かっていた。


石畳はやがて土に変わり、屋敷の喧騒は背後へ遠ざかる。


手には、一輪の花。


白く細い花弁を持つそれは、“ティア”と呼ばれるらしい。


風に揺れれば、わずかに光を弾く。


村の外れを抜け、緩やかな坂を上る。


高台へと続く道は、踏み固められてはいるが、人の気配は少ない。


さらに先へ進めば、霧に覆われた海へ出る――そんな話を、誰かがしていた。


やがて視界が開ける。


空と地平が交わる手前、草の揺れる高台。


そこに、二つの人影があった。


二人は並んで立ち、


足元にある小さな墓標に向かい、静かに首を垂れている。


風が吹く。


衣の裾が揺れ、草が擦れる音だけが辺りを満たす。


――ガサリ。


足元の音に、一人が振り返った。


わずかに目を見開く。


カイ・レイモンド。


あの日、クドウの首を刎ねた男。


命じたのは、俺だ。


もう一人も遅れてこちらを見る。


だがその表情に驚きはなく、ただ穏やかな微笑みだけがあった。


デンス・クローム。


その立ち位置も、思考も、まだ掴めない男。


あの夜も、気づけば姿が見えなかった。


カイとデンス。二人の間に、言葉はない。


ただ、道が空く。


促されるように一歩前へ出る。


墓標の前に立ち、手にしていたティアをそっと置く。


花弁が揺れ、白が土の上に浮かぶ。


両手を合わせる。


この作法は、この地では珍しいのだろう。


背後で、わずかに空気が動いた。


だが、誰も何も言わない。


風が吹く。


時間だけが、ゆっくりと流れていく。


やがて手を下ろし、口を開く。



「俺を責めないんですか」



静かな声だった。


間があった。



「……傷心したガキを、いたぶる趣味はねぇよ」



カイが、低く答える。


視線は墓のまま。



「それに……」



言葉は途切れ、代わりに息が落ちる。



「俺も似たようなもんだ……」



草を踏む音。



「自分の目的のために、腕っぷしの強そうな奴に片っ端から声かけて――騎士団ごっこだ」



乾いた笑いが、風に紛れる。



「……それで……このざまだ」



沈黙。



「五人も、死んじまった」



握られた拳が、わずかに震える。


それ以上、言葉は続かなかった。


風だけが、三人の間を通り過ぎていく。


俺は何も言わなかった。


やがて、ゆっくりと息を吸い込む。


風が一瞬だけ、止んだように感じられた。



「デンスさん……いや、デンス。それとカイ」



名を呼ぶ声に、二人はわずかに目を見開き、こちらを向く。



「昼過ぎまでに、領主邸の人間を全員、領主の間に集めろ」



間を置かず、言葉は一気に放たれた。


言い切ったあと、溜め込んでいた息を静かに吐き出す。


草が揺れる音だけが、短い沈黙を埋めた。



「かしこまりました」



デンスが、いつもと変わらぬ柔らかな声で応じる。



「お……おう」



カイも、少し遅れて頷いた。


それを確認すると、俺は踵を返す。


視線を残すことなく、そのまま高台を後にした。


足音はやがて風に溶け、姿も見えなくなる。


――静寂。


しばらくの間、二人は同じ方向を見つめていた。


やがて、カイがぽつりと呟く。



「……やる気に、なったのか……?」



「さぁ?」



デンスは肩をすくめ、わずかに口元を緩める。


風が吹き、墓標の前の花を揺らした。



「それより――」



「?」



カイが眉を寄せる。



「襲撃の日、あなた方は突然力を増し、敵を切り伏せた……そう聞いています」



「……あぁ」



カイの表情が、わずかに曇る。


だが次の瞬間、その陰りを振り払うように顔を上げた。



「――そういやお前、姿見なかったよな? どこに隠れてやがった」



棘のある言い方だったが、声音にはどこか探るような色が混じっていた。


デンスはわずかに目を細めるだけで、特に気分を害した様子はない。



「さて……どこでしょうね」



曖昧にかわし、話を戻す。



「それで――何か、心当たりは?」



一瞬の間。


カイの視線が、遠く――去っていった背の方角へと向く。



「……あの日、完全に捕らえられてた俺たちの中で、


 最初に反抗の意思を見せたのは……あいつだった」



風が、言葉の隙間をすり抜ける。



「あいつが、うなり声をあげたあと……俺の名前を叫んで――言ったんだ」



わずかに、拳に力が入る。



「ミリィを助けろ、ってな」



「ほう……」



デンスの目が、わずかに細められる。



「そしたら……理由はわからねぇが、力が……湧いてきた」



沈黙。


風が強まり、草が波のように揺れる。



「……」



「おい! 俺は嘘は言ってねぇぞ!?」



苛立ちを滲ませるカイに、デンスは静かに首を振る。



「えぇ、疑ってはいませんよ」



柔らかな声。


だがその視線は、どこか遠くを見ていた。



「なるほど……領主の声による何らかの筋力増強……いえ……」



独り言のように呟きながら、


デンスは自らの手をゆっくりと見下ろす。


指先を開き、握り、また開く。



「それなら、“これ”の説明がつかない……」



「お、おい……」



カイが怪訝そうに声をかける。



「あぁ、これは失礼」



デンスはふっと表情を緩め、いつもの穏やかな笑みに戻る。



「とにかく今は――領主様の命を果たしましょうか」



そう言うと、踵を返し、


ためらいなく領主邸の方へ歩き出した。


草を踏む足音が、規則正しく続く。



「お、おい! 待てよ!」



カイが慌ててその背を追う。


二つの足音が、次第に遠ざかっていく。


高台には再び、静けさが戻った。


風だけが吹き抜ける。


墓標の前に置かれたティアの花が、かすかに揺れた。


白い花弁は、揺らぎながらも落ちることなく、


ただそこに在り続けていた。


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