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第十話 沈黙の終わり

領主の間には、現在この領主邸で働く者たちが、例外なく集められていた。


高い天井。重々しい空気。


壁に掛けられた古びた紋章が、どこか他人事のように視界に映る。


宰相が一人。


執事が一人、その補佐らしき人物が二人。


メイドが六人。


どうやら、この数日のうちにさらに補充されたらしい。


その先頭には、ミリィに代わってメイド長となった女性が静かに立っている。


騎士が五人。そこは変わらない。


そして、一番後ろ――扉のそばに、ぽつんと佇む一人の少女。


使用人服ですらない簡素な服装が、この場では妙に浮いていた。


アスラー曰く、



『あの女性はここに置いておいた方がいい』



とのことだったが、理由は聞いていない。


ただ、その存在だけが、この場の空気にわずかな“異質”を混ぜていた。


……気づけば、随分と人が増えていた。


俺が部屋に閉じこもっている間に、デンスやアスラーたちが集めたのだろう。


その事実が、胸の奥にわずかな棘のように刺さる。


(何もしてこなかったのは……俺だけか)


集められた者たちは、誰もが落ち着かない様子で視線を彷徨わせていた。


ざわめきは小さく、それでも確かに「何かが始まる」という気配を孕んでいる。



「全員、まかりこしてございます」



デンスの静かな声が、広間にすっと通る。


――その一言で、空気が引き締まった。


領主の椅子に座っていた俺は、ゆっくりと立ち上がる。


床に響く、自分の足音。


やけに大きく聞こえる鼓動。


全員の視線が、一斉にこちらへ向けられる。


逃げ場はない。


いや――最初から、逃げるつもりもなかった。


俺はその場で足を止めると、何の前触れもなく――


腰を折った。


深く、九十度に。



「主様……何を?」



アスラーの戸惑いが、空気を震わせる。


だが構わない。


これは、俺がやらなければならないことだ。



「今まで……すみませんでした」



自分でも驚くほど、声は静かだった。


頭を下げたまま、歯を食いしばる。


視界は床しか見えない。


それでも、背中に突き刺さる視線だけは、痛いほど感じていた。


――情けない。遅すぎる。


それでも。


それでも、ここから始めるしかない。


ゆっくりと頭を上げる。


広間は、水を打ったように静まり返っていた。


誰も、何も言えない。


戸惑いと困惑と、わずかな恐れが入り混じった空気。


その沈黙を破ったのは、デンスだった。



「それは……やる気になられた、と受け取っても?」



試すような、しかしどこか楽しげな声音。



「……あぁ」



短く答える。


一度、深く息を吸い込む。


胸の奥で燻っていたものが、はっきりと形を持つ。



「俺にも……目的ができた」



「目的……?」



「あぁ」



――逃げていた俺に、無理やり突きつけられた現実。


――奪われたもの。


――あの日、何もできなかった自分。


その全てが、ひとつに繋がる。



「この島……この“ゲーム”を作った神とやらを――ぶっ殺す」



言い切った瞬間、空気が揺れた。


ざわめきが広がる。


驚き、恐れ、困惑――様々な感情が波のように押し寄せる。


だが、俺は目を逸らさない。


一人ひとり、顔を見ていく。


逃げないと決めたからだ。



「……力を貸してくれ」



そして、再び頭を下げる。


今度は謝罪ではない。


願いだ。


懇願だ。


俺一人では、絶対に届かない場所へ行くための――。


再び、静寂。


だが先ほどとは違う。


重く、深く、何かが変わり始める“間”。



「なるほど、なるほど……」



最初に笑ったのはデンスだった。



「いいではありませんか! もちろんですとも! ねぇ、皆さん?」



その言葉に、張り詰めていた空気がわずかに緩む。



「……えぇ……もちろん……もちろんですとも」



アスラーが応じる。


それをきっかけに、ぽつり、ぽつりと声が上がる。


やがてそれは、小さな熱となって広間に広がっていった。


――応えてくれた。


胸の奥が、わずかに熱を帯びる。


その余韻が落ち着いた頃、デンスが再び口を開く。



「……それで、手始めに何を致しましょう?」



柔らかな笑み。だが、その奥の瞳は鋭く、獲物を待つ獣のようだった。


俺は一度、視線を落とし――そして上げる。



「まずは……この“15番領地”なんて、味気ない名前を変える」



「地名を……?」



「あぁ」



一拍、間を置く。



「この地は……いや、この国は――」



胸の奥で、何かが確かに動いた。



「今この時より――リベリオンと名乗る!」



ざわめきが広がる。



「反逆、という意味だ」



俺は一人ひとりの顔を見る。



「俺たちの本当の敵は、他の領主じゃない」



「このくだらないゲームを作った神だ」



「だから俺たちは反逆する」



「その意思を忘れないための名前だ」



静寂。


誰も口を開かない。


だから俺は続けた。



「そして、この地は首都アレースとする」



「戦いは避けられない」



「ならせめて、戦う意思だけは失いたくない」



「そのための名前だ」



――反逆の名を、ここに。


空気が震えた。



「カイ!」



「!?」



「騎士団を立て直せ! 傷心に浸ってる暇はない!」



「お、おう!」



「アスラー!」



「こちらに」



「領内の民情と食料事情を洗え! この村だけじゃない、全てだ!」



「……もちろんでございます」



「デンス!」



「はい」



「この後の領地運営について、方針をいくつか用意しろ」



言葉が、淀みなく口をついて出る。


――自分でも、驚くほどに。


さっきまで、何も決められなかったはずなのに。


今は、不思議と迷いがなかった。



「承知いたしました――“陛下”」



その場の空気が、一瞬だけ止まった。


その一言に、心臓がわずかに跳ねる。


“陛下”。


まだ、どこか現実味のない呼び名。


だが――嫌ではなかった。


むしろ、その言葉が背中を押す。



(……あぁ、そうだ)



もう、逃げない。



「それと――四人はこの場に残ってくれ。話がある」



視線を巡らせる。


デンス。


アスラー。


カイ。


そして――ミリィの代わりのメイド長の女。


名も知らぬその女は、ただ静かにこちらを見返していた。


感情を読ませないその瞳に、一瞬だけ引っかかるものを感じる。


……だが、今はいい。


四人は無言のまま、わずかに頷いた。


それだけで、十分だった。



「よし、全員持ち場に戻れ!」



「「ハッ!」」



一斉に動き出す気配。


人々がそれぞれの役目へと散っていく中、広間には再び、限られた者だけが残された。


――ここからが、本当の始まりだ。


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