第十一話 大国の姫君
その場には、俺たち以外に、もう一人の人影があった。
領主の間――いや、今は玉座の間。
その扉の前に、微笑みを浮かべながら静かに佇む一人の少女。
……まずは、整理だ。
そう思い、俺はメイド長の女へと視線を向ける。
その意図を汲んだのか、彼女は一歩前に出て、優雅に一礼した。
「ちゃんとお話しするのは初めてですね……陛下」
「……」
「私はシェリー・セスクと申します。ミリィ殿の後任として、メイド長を務めさせていただきます。以後、お見知りおきを」
「……わかった」
短く返す。
――ミリィの後任。
頭では理解している。
だが、感情がそれを素直に受け入れるには、まだ時間が足りなかった。
シェリーの挨拶が終わると、俺は次に視線を移す。
扉の前に立つ、あの少女へ。
「それで……あちらの方は?」
問いかけると、アスラーが口を開きかけた――その瞬間。
「お初にお目にかかります、陛下」
少女が、先に言葉を発した。
銀の髪が、わずかに揺れる。
ゆっくりとスカートの端を持ち上げ、優雅に礼をするその姿には、場違いなほどの気品があった。
「私はミスラ・シルフィード。シルフィード王国の第三王女――そして」
一拍、間を置く。
「この領地の東の村に飛ばされた、一領民です」
「ッ!?」
俺とアスラーを除く全員が、息を呑んだ。
「シルフィード王国……?」
聞き慣れないその名に、俺はアスラーへと視線を送る。
「シルフィード王国は、この島を取り囲む国々の中でも、一、二を争う大国です」
――大国の王女、か。
「他国同様、“神”を崇拝し、竜を悪の権化としている国でもあります」
“神を崇拝”。
その言葉に、無意識に眉が動いた。
「安心して。私は崇拝なんてしてないから」
ミスラが、軽く肩をすくめながら言い放つ。
先ほどまでの気品はどこへやら、どこか砕けた口調だった。
「それで……第三王女様が、何の御用で?」
俺は警戒を隠さずに問いかける。
「用、ね……」
ミスラは少し考えるように顎へ指を当てた。
そして、何かを決めたように頷く。
「単刀直入に言うわ」
「?」
ミスラは真っ直ぐ俺を見た。
「私と結婚しなさい!!」
「……は!?」
思考が、一瞬止まる。
周囲も同様だった。
全員の目が丸くなる。
「だ・か・ら!結婚しなさい!」
「いや……なんで急に……」
「簡単な話よ?」
ミスラは当然のように言い放つ。
「あなたが目的のために頭を下げたように、私にも目的があるの」
「目的?」
「そう。そのためなら、この身くらい、いくらでも差し出すわ」
迷いのない瞳。
冗談ではない、と直感する。
「それに」
「……それに?」
思わず続きを促してしまう。
ミスラは、わずかに口元を緩めた。
「あなたにとっても、悪い話じゃない」
「?」
「私はね――各国の王族しか知り得ない、この島の情報を持っているの」
「「!?」」
空気が変わる。
情報。
それは今、この場で最も価値のあるものだった。
「……情報、だと?」
「えぇ。有益な、ね」
(ダメだ。飲まれるな。)
コホン、と一つ咳払いをする。
「……とにかく、その話は後にしよう」
「そう?しょうがないわね」
ミスラはあっさりと引き下がり、距離を取った。
助かった……のか?
「さて……話を戻そう」
「戻すも何も、陛下が言い寄られていただけでは?」
デンスが、愉快そうに笑う。
「くっ……とにかく!皆に頼みたいことがある!」
「何でございましょうか?」
「情報が欲しい。この島の……いや、この世界のだ」
一瞬の沈黙。
「……情報、ですか。なるほど……妥当ですな」
デンスが腕を組み、思案する。
そして、ゆっくりと一歩前へ出た。
「では、手始めに――こちらを献上致します」
そう言って膝をつき、一冊の本を差し出す。
「これは……?」
「この“ゲーム”のルールブックになります」
「!?」
「一通りのルールは、そちらで把握できるかと。宰相というクラスを与えられた者に配布されるもののようです」
「……今まで隠していたのか?」
「えぇ。やる気のない領主に渡しても、宝の持ち腐れですから」
満面の笑み。
……こいつ、やっぱり食えない。
「……そうか」
本を受け取る。
重みが、妙に現実的だった。
「では、お次はこちらを」
アスラーから差し出されたのは、一枚の紙。
「地図です。十五番領地――いえ、リベリオンの」
「これも、最初から?」
「いえ。人を雇って作らせました」
……できる男だ。
「ありがとう」
そう言った直後、今度はカイが前に出てきた。
「俺は……献上ってわけじゃねぇが……」
そう言いながら、両手を前に突き出す。
次の瞬間――
その手が、淡く光った。
そして現れたのは、粗末ながらもしっかりとした造りの剣と盾。
「ま、魔法!?」
思わず声が出る。
「魔法?」
カイが怪訝そうに眉をひそめる。
――そうか。
この世界には“魔法”という概念がないのか。
だが、今のはどう見ても――。
「とにかくだ。あのクソ野郎を倒してから、念じれば出せるようになった」
クソ野郎――クドウのことか。
「たぶんだが……“よく”見てみろ」
(よく?)
俺は目を細め、意識を集中させる。
すると――
文字が、浮かび上がった。
---
バスターソード ライングレード
STR+1
ナイトシールド ライングレード
VIT+1
---
「……!!」
「見えたか?俺たちには見えねぇがな」
「あぁ……それに……」
よく見ると、カイの装備一式にも、同じような表示が浮かんでいた。
---
ブリガンダインアーマー ノングレード
効果なし
ブリガンダインゲートル ノングレード
効果なし
ブリガンダインガントレット ノングレード
効果なし
ブリガンダインブーツ ノングレード
効果なし
---
「持ってみてくれ」
そう言って、カイは剣と盾を差し出した。
俺がそれを受け取った――その瞬間。
ズシンッ!!
「ぐっ……!?」
想像をはるかに超える重量が、腕に叩きつけられる。
支えきれず、俺の腕ごと地面へと押し潰された。
「くっ……なんだ、この重さ……!」
「……やっぱりか」
カイが、どこか納得したように呟く。
「やっぱり?」
「あぁ。俺以外のやつは、持てねぇみたいだな」
「……?」
「それに――そんなに重いもんじゃねぇ」
「……なに?」
「床、見てみろ」
「――っ!?」
視線を落とす。
あれだけの衝撃で叩きつけられたにもかかわらず――
床には、傷一つついていなかった。
「それは、この島特有の装備よ。いわゆる“サブクラス装備”ってやつ」
ミスラが口を挟む。
「サブクラス装備?」
「そう。サブクラス持ちだけが使える武器。まぁ、ノングレードだけは誰でも扱えるけどね」
「つまり、カイだけの専用武器ってことか」
「そういうわけでもないけど……まぁ今はその認識でいいわ」
「……」
――ますます、ゲームじみてるな。
思考に沈みかけた、その時。
「陛下……私からも一つ、お伺いしても?」
デンスの声。
「……なんだ?」
「陛下は、あの晩――襲撃のあった夜。何をなさったのですか?」
その問いに。
空気が、わずかに張り詰めた。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
タイシは領主から王となり、新たな仲間や思惑を抱えながら、少しずつ前へ進み始めました。
やっと話が進みそうです。
引き続きお楽しみいただければ幸いです。




