第八十九話 包囲網
男は焦っていた。
「おい! まだ見つからないのか!」
「申し訳ありません! 東の村までは追跡できたのですが……その後の足取りが定かではありません……」
男は怒っていた。
「女二人を捕らえるのに、どれだけ時間をかけてるんだ!!」
「はい! 申し訳……ありません!」
ここは八番領地、領主邸の領主の間。
領主の間は、曇り空のせいか、どこか湿った暗さを醸し出していた。
「おい、落ち着けよ、ソウタ。兵士に怒鳴っても仕方ないだろ」
「くッ」
ソウタと呼ばれた男は、隣に控える長身の男にたしなめられると、苦虫を嚙み潰したような表情を浮かべる。
「しかしまぁ……東の村まで逃げられたってなると……最悪、リベリオンまで逃げられたかもしれねぇな……」
「リベリオンだと?」
「ああ。あそこと八番領地は、同盟関係って噂だ」
男がそう言うと、ソウタは「クソッ」と一言毒づき、自分の親指の爪を噛み始める。
「まぁ、そう悲観するなって。こっちは、この領地を実効支配してんだ。それに“人質”だっている。お前の見立てじゃ、この地の領主であるカワナミってやつは、人質なんかで脅せばすぐ落ちるんだろ?」
「……ああ。たぶんだけどな。あんまり話したことはないが、気は弱そうな感じがした」
「たぶん……か。まぁ、今は捜索を続けながら、対策を練るしかないだろうな」
二人の中でひとまずの結論に至った、その時――
「申し上げます!」
一人の兵士が、領主の間の扉を開け、中に入ってくる。
「なんだ?」
ソウタは、少し落ち着きを取り戻したのか、先ほどまでの怒りとは違った声色で聞く。
「十三番領地から使者が参っています!」
「!」
ソウタは目を見開くと、隣に控える男へ視線を移した。
「レオンの予想通りになったな」
「だろ?」
レオンと呼ばれた男は、ニヤリと笑う。
「お会いになりますか?」
兵士がソウタに尋ねる。
「……ああ。会う。ここに通してくれ」
「承知しました」
兵士はそう言うと、部屋を足早に出て行った。
しばらくして、再び領主の間の扉が開かれる。
「お連れしました」
先ほどの兵士が、一人の男を伴って入ってくる。
二人は領主の間を真っすぐに歩き、ソウタの方へと進むと、段差の前で足を止めた。
「お初にお目にかかります。九番領主、ソウタ殿。私は十三番領地宰相のトリスタンと申します」
トリスタンと自らを紹介した男の声は、どこか透き通っており、耳に心地よいものだった。
「ああ。それで、何の用だ?」
ソウタは軽く頷くと、用件を聞く。
「はい。単刀直入に申しますと……我々と同盟を結んでいただきたく、参上いたしました」
トリスタンは、まっすぐにソウタを見て言う。
「……同盟だと?」
「はい。聞いたところによると、この領地の領主を取り逃がし、リベリオンに逃げられたと……」
ソウタは険しい顔で、トリスタンを睨む。
「我々が、その領主を捕らえるお手伝いをいたします」
そう言うと、トリスタンは頭を下げた。
「……」
ソウタは、隣にいるレオンを見る。
レオンは静かに一度頷いてみせた。
「それで、お前たちは俺たちに何を望む?」
「はい。我々が望むのは食料です」
やっぱりそれか……とソウタは思った。
三層の資源不足は聞いている。
というより、三層にある三十番領地を既に奪取している以上、“知っている”が正確だろう。
「そして……不可侵条約を締結させていただければと思います」
「不可侵条約?」
「はい。今や我々十三番領地は、東隣と北隣はリベリオンに。そして、西隣の三十番領地はあなた方に取られ、“大国”に囲まれる形となります」
「確かにな……」
「ですので、食料を融通していただき、西方面からの安全を確保しつつ、代わりにリベリオンを討つお手伝いをさせていただければと思います」
トリスタンの目は、真っすぐソウタを見据えていた。
理にかなっている。
ソウタはそう考えた。
「一つ聞きたい」
その声の主は、レオンだった。
「何なりと」
「なぜ、我々なんだ? 同盟を組むなら、この南地域で一番の大国であるリベリオンではないか?」
「!」
確かに、とソウタは思った。
トリスタンは、ソウタに向けていた視線をゆっくりと隣のレオンへ向ける。
「そうですね。我々も最初はそう考えていました。ですが……」
「ですが……?」
「状況が変わりました」
「変わった?」
レオンが首を傾げる。
「はい。十六番領地、いえ、今はアドラステアと名乗っているようですが、そちらから打診がありました」
「「!?」」
ソウタとレオンは目を見開く。
「リベリオンを共に討たないか……と」
「包囲網……」
レオンは腕を組み、呟いた。
「はい。彼らは本気のようです」
「ははっ」
ソウタは俯いている。
「ハハハハハハ!」
甲高い笑い声が、領主の間に響き渡った。
「いいじゃないか! 包囲網! 気に入った!」
「お、おい、待て!」
「なんだよ、レオン! こんないい機会はないぞ!」
「そりゃ、そうだが……トリスタン殿。前向きに考える。今日は一旦、領内に泊まっていってくれるか?」
レオンは、早合点しそうなソウタを落ち着かせるため、この場を一旦終えようとする。
「承知しました……では、お言葉に甘え、一泊させていただきます」
トリスタンがそう言うと、レオンは兵士に宿の手配と案内をするよう命じた。
トリスタンが兵士に案内され、領主の間を出ていくのを見届けると、レオンは口を開いた。
「ったくよう。もう少し慎重になれよ」
「なんでだよ。さっきも言ったが、こんな機会はそうないぞ」
ソウタは、笑みを浮かべていた。
「それはそうだが……包囲網ってのは、そう簡単なもんじゃねぇよ。取った領地の配分問題もある」
「ハッ! そんなの、取ったあと、他の領地も根こそぎ取ってしまえばいいだろう」
「お前……それ……本気で言ってるのか?」
レオンは呆れながら尋ねる。
「ああ。本気だ。アドラステアか……いいな、俺たちも名を名乗って国にするか!」
「……」
「そうだなぁ……フェリシータなんてどうだ! 幸福って意味だ!」
レオンは大きくため息を一つつく。
「もう……好きにしろ……」
先ほどまで曇り空に沈んでいた領主の間には、いつしか雲間から陽が差し込んでいた。
その光は、まるでソウタの高揚を映すかのように、室内を明るく照らしている。
しかし――
レオンの胸の内だけは、暗く曇ったままだった。




