第八十七話 新たな出会い
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しばらく一日一話で更新していましたが、明日から再び一日二話投稿に戻します。
投稿時間は、朝7時と夜19時を予定しています。
ひとまず8月2日まで、この更新ペースを続けていく予定です。
引き続きお付き合いいただければ幸いです。
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通貨経済計画が動き始めてから二日後。
俺たちは、エリュシオン北門を出てしばらく歩いた先に広がる森へと来ていた。
ここ数日、俺はほとんど執務室に籠もりきりだった。
八番領地への警戒。
通貨発行計画。
兵站の再編。
考えなければならないことが、次から次へと押し寄せていたのだ。
カワナミさんとイマリは、未だ目を覚ましていない。
命に別状はないと聞いている。
それでも、いつ目を覚ますのか分からない状態が続いている以上、城の中には重苦しい空気が残っていた。
そんな俺を見かねたミスラが、半ば強引にリリィを焚きつけ、こうして外へ連れ出したのである。
今日は、カワナミさんとイマリのために少しでも役に立つ薬草があればと、リリィが薬草採取をしたいと言い出した。
その護衛――という名目で、俺も同行している。
まぁリリィのほうが圧倒的に強いのだが。
ちなみに、言い出しっぺのミスラ本人は、城の警備とカワナミさんたちの様子を見るために留守番だった。
八番領地への対策については、ひとまずエリュシオン北部に駐留していた兵の半数近くを、西側へ再配置することになった。
現状で打てる手としては、それが限界だった。
久しぶりに背負った大槍は、慣れた重みのはずなのに、どこか以前より重く感じる。
精神的な疲労のせいかもしれない。
「この先にね、薬草がいっぱい生えてる場所があるみたいなの!」
先頭を歩くリリィが、弾んだ声を上げながら森の奥へ駆けていく。
陽光を受けた金髪が、木漏れ日の中で揺れた。
「リリィ……ちゃん……あんまり急ぐと……危ない……です」
俺の隣を歩いていたアリアが、たどたどしく注意する。
だが、当の本人にはまったく届いていないようだった。
「良かったのか? 俺たちについて来て」
俺がそう尋ねると、アリアは胸を張った。
「はい……です。王様の……護衛……です」
「そっか。心強いよ、ありがとう」
俺が笑いかけると、アリアは少し誇らしげに目を細めた。
そのとき。
「あ、王様……あれ……見て……です」
彼女が右斜め前を指差す。
視線の先では、一羽のウサギが草むらを跳ね回っていた。
「ウサギか……この辺の魔物は強いらしいが、大丈夫なのか?」
「ウサギは……視界が……三百六十度……ある……です」
「ほう……」
「それに……とても……速い……です」
「詳しいんだな」
俺が感心して言うと、アリアは小さく頷いた。
「はい……です。この島……来る前の……お友達……です」
(この島に来る前……か)
俺はアリアの過去を詳しく知らない。
だが、ふと興味が湧いた。
「なぁ、アリア。君が生まれ育った場所って、どんなところだったんだ?」
「アリアの……です?」
「うん」
アリアは少し遠くを見るように目を細めた。
「よく……わからない……です」
「わからない?」
「です……気づいた時には……一人……です」
彼女は俯く。
「お父さんやお母さんは?」
「わからない……です……ずっと……山で……一人……です」
「……そうか」
俺は静かに頷いた。
十三歳とは思えない、たどたどしい言葉遣い。
人との接触が極端に少なかったのだろう。
だが――
(そんなこと、本当にあるのか……?)
疑っているわけではない。
ただ、あまりにも過酷すぎる生い立ちに、現実感が追いつかなかった。
「だから……動物が……お友達……です」
「そっか」
俺は苦笑しながら空を見上げる。
「なら、この島に急に飛ばされてきて、友達もいなくなったんだな」
「です……でも……この島、来て……良かった……です」
「良かった?」
「はい……です。人の……お友達が……できました……です」
そう言って、アリアは柔らかく笑った。
その笑顔は、森へ差し込む木漏れ日よりも、ずっと眩しく見えた。
――次の瞬間。
「あ痛っ!」
前方からリリィの情けない声が響く。
どうやら盛大に転んだらしい。
俺とアリアは顔を見合わせ、思わず苦笑した。
「あいつのこと、よろしく頼むな」
「はい……です」
アリアは嬉しそうに頷いた。
――その時だった。
「タイシ!!」
突然、前方からリリィの鋭い声が飛ぶ。
その声音に、先ほどまでの気楽さはなかった。
俺とアリアは同時に反応する。
「どうした!?」
俺たちは即座に駆け出した。
「――あれ、見て!」
リリィが森の奥を指差す。
木々の隙間。
少し傾斜を下った先で、一人の少女が必死に走っていた。
「あれは……」
だが、その直後。
少女の背後を、二つの黒い影が高速で駆け抜ける。
低い唸り声。
獣の臭気。
「魔物……です」
アリアが短く呟いた。
「二人とも、行けるか!?」
「うん!」
「です!」
返答と同時に、それぞれが武器を抜き放つ。
次の瞬間、三人の身体が斜面を蹴った。
先頭を切ったのはリリィだった。
双短剣を逆手に構え、その身体が風のように木々の間を駆け抜ける。
「まずは一匹、引き剥がすよ!」
一気に加速。
リリィの刃が、魔物の視界外から閃いた。
キィィッ!!
耳障りな悲鳴。
獣型の魔物の動きがわずかに鈍る。
「アリア、左お願い!」
「了解……です」
リリィの声に応え、アリアが地面を踏み砕くような勢いで飛び出した。
背負った大剣が、轟音とともに振り下ろされる。
ドゴォッ!!
魔物の眼前で地面が爆ぜ、土煙が舞い上がった。
二体目が怯んだ、その瞬間。
俺は大槍を構え、一気に踏み込む。
一歩。
二歩。
加速のすべてを穂先へ集中させる。
「――ッ!!」
渾身の刺突が、少女へ迫っていた魔物の脇腹を深々と貫いた。
「ガァァッ!?」
肉を裂く確かな感触。
そのまま槍の長さを活かし、魔物を強引に弾き飛ばす。
俺は少女の前へ滑り込むように立った。
「……もう、大丈夫だ」
「え……」
呆然とする少女の腕を引き寄せ、背後へ庇う。
遅れて合流したリリィとアリアも武器を構え、傷ついた魔物たちを睨みつけた。
「リリィ、アリア! 仕留めるぞ!」
「了解!」
「わかった……です!」
だが、俺たちが踏み込もうとした、その瞬間だった。
「……ま、待って」
背後から、震えながらも妙に芯のある声が響く。
振り返ると、少女は地面に落ちていた一本の太い枯れ枝を拾い上げていた。
「危ないぞ! 下がってろ!」
俺が制止する。
だが少女は聞かない。
ふらつきながら、それでも前へ出た。
手にしているのは、どこにでも落ちているような太い枯れ枝。
武器ですらない。
魔物たちは苛立ったように牙を剥き、一斉に少女へ飛びかかった。
「させない……です」
アリアが動こうとする。
だが――遅かった。
いや。
違う。
少女の方が、速すぎたのだ。
「――だから!! それは、アタシの……獲物だ!!」
その瞬間。
少女の瞳から、怯えが消えた。
そこに宿ったのは、獣のような鋭い闘気。
流れるような動作で、少女が木の枝を振るう。
ただの枝。
そのはずなのに。
空気を裂く音は、鋼の剣より鋭かった。
「シッ!!」
一閃。
木の枝が、一体目の魔物の眉間へ深々と突き刺さる。
「ギャンッ!?」
短い断末魔。
巨体が、その場へ崩れ落ちた。
「え……?」
アリアが呆然と声を漏らす。
続けざまに二体目が横から飛びかかる。
だが少女は最小限の動きでそれをかわし、すれ違いざま、枝を喉元へ叩き込んだ。
バキィッ!!
乾いた破砕音。
折れたのは枝ではない。
魔物の首だった。
ドサリ、と二体の巨体が少女の足元へ沈む。
少女は折れかけた枝を無造作に放り捨てると、肩で息をしながらこちらを振り返った。
「助けてくれたのは……ありがとうだ!」
黒い長髪が、森の風に揺れる。
「でも、あいつらはアタシの獲物だぞ!」
その小さな身体から放たれる、圧倒的な武威。
幼さすら残る背中のはずなのに、そこに立っていたのは、間違いなく“戦う者”だった。
俺たちは武器を下ろすことすら忘れ、ただ呆然と、その背中を見つめていた。




