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第八十三話 初夜

その日の夜。


エリュシオン城は、昼間の喧騒が嘘のように静まり返っていた。


月明かりの綺麗な夜だった。


窓から差し込む淡い銀の光が、静かな室内をやわらかく照らしている。


ミスラは薄手の寝巻の上にストールを羽織り、そっと扉を叩いた。


俺が部屋へ招き入れた瞬間、ふわりと石鹸の香りが広がった。


昨夜よりも、ほんの少しだけ強く感じた。


彼女は部屋に入ると、その場で立ち尽くしたまま動かない。


俺は何も言わず、その手を取った。


細く、少し冷たい指先。


そのままベッドへと導き、自分が先に腰を下ろすと、隣を軽く叩く。



「……なんか腹立つ」



拗ねたように言いながらも、ミスラはゆっくりと隣に腰を下ろした。



「……」



「……」



言葉が続かない。


静寂だけが、やけに重く部屋を満たしていく。


俺は大きく息を吸い込んだ。



「三度目の……正直だな……」



ドスッ



「あぐッ」



即座に飛んできた肘打ち。



「ムードもへったくれもないこと言わないでくれる?」



睨みつけるミスラに、俺は顔をしかめるしかない。



「……」



また沈黙。



「……じゃあ、改めて」



もう一度、息を吸う。



「ミスラ……愛してる」



(どうだ……言ったぞ……これが正解だろ……)



だが――



「……なにそれ……」



「え……」



「なんなのよ、その取って付けたみたいな言葉は!」



「しょ、しょうがないだろ!! こんなの経験ないんだから!!」



「わ、私だってないわよ!!」



ドンッ!



「ごふッ」



次の瞬間、視界が反転する。


――ベッドに叩き倒されていた。



(……どうすりゃいいんだよ……シェリーさん……)



ふと、朝のやり取りが脳裏をよぎる。


――“ミスラ様はきっと不安なんです。”



「……」



静まり返る部屋。



「その……なんていうか……」



俺は仰向けのまま、言葉を探す。



「……なに?」



「伝え方は……わかんないけど……さっきの言葉に嘘はない」



「……」



「アダチに追い詰められたあの日、確かに俺は……ミスラの力を当てにした」



「……うん」



「でも……あの日から……なんか、おかしいんだ」



「……」



「君を見ると……鼓動が早くなる。今だって……頭、真っ白で……でも、触れたくて……でも、触れていいのかもわからなくて……」



「……ほんとに?」



「ああ……」



言葉にするたび、自分でも驚くほど正直になっていく。



「……」



ミスラは何も言わない。


ただ――


ゆっくりと、立ち上がった。


そして、こちらを見下ろす。


静かに、ベッドへと片膝を乗せる。



「ミスラ……?」



もう片方の膝も、ゆっくりと。


彼女の仕草に、思わず息を呑む。


そのまま、俺を跨ぐように位置を変える。



「……」



鼓動が、はっきりと聞こえる。


自分のものか、彼女のものかもわからない。


ミスラの手が、そっと俺の肩に置かれる。


銀の髪が揺れ、かすかに頬に触れた。


その香りが、さらに理性を揺らす。



「……触れていいか、ですって」



まっすぐな瞳。


逃げ場はない。



「私は、あなたの妻よ」



「……」



「あなたに……触れてほしいの」



胸の奥が強く鳴る。



「あなた以外に……触れられたくない」



その言葉が、決定的だった。


抑えていたものが、一気にほどける。



「……っ」



俺は彼女の腰を引き寄せ、体勢を入れ替える。



「――っ」



距離が、消える。


唇が触れた瞬間、思考が途切れた。


言葉じゃ足りないものを埋めるように。


確かめるように。


求めるように。


ミスラもまた、俺を拒まなかった。


背に回る腕が、その答えだった。


静かな夜。


月明かりだけが見守る中で、二人の呼吸だけが、確かにそこにあった。


時間の感覚も曖昧なまま、ただ、お互いを確かめ合うように――


その夜を、共に過ごした。


やがて、荒かった呼吸が少しずつ落ち着いていく。


すぐ近くにある温もりを感じながら、俺は静かに言葉を落とした。



「……ミスラ……愛してる」


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