第八十話 シェリー・セスク
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「シェリーさん……」
思わず漏れた俺の声は、自分でも驚くほどかすれていた。
静まり返った室内。
つい先ほどまで“見えない何か”が命を狙ってきていたとは思えないほど、空気は不自然なほどに落ち着いている。
だが――
その中心には、確かに“結果”だけが残っていた。
姿の見えない暗殺者。
それを、同じく姿を見せることなく一蹴したメイド長、シェリー。
そして今、その刺客の男は、ぐったりとした状態でシェリーの腕の中に抱えられている。
「あなた……なぜ……それに、その武器……」
ミスラは一歩引いた位置で、鋭い視線をシェリーへと向けていた。
先ほどまでの空気とは打って変わり、完全に“戦闘態勢”のそれだ。
「ご安心ください、殿下。この者は殺しておりません」
シェリーはいつもの柔らかな声でそう言うと、腕の中の男を軽く持ち上げるようにして見せる。
腹部には刺し傷。
そこからじわりと血が滲んでいるが、致命傷ではないらしい。
「いや……そうじゃなく……」
「この者は、陛下と殿下のうぶで神聖な営みを邪魔しました。
その罪は万死に値します。簡単には殺しません」
「だから……そうじゃなくて!」
間髪入れずに返ってくる物騒な言葉に、思わず声が大きくなる。
「あ! もちろん情報は引き出しますよ! ……ついでに」
「ついでって……」
さらっと言うな、さらっと。
場違いな軽さに、緊張と困惑が入り混じる。
「では、私はこの者の拷問がありますので、失礼しますね!
夜はまだまだ長いので、陛下と殿下は“お楽しみ”の続きをなさってください」
そう言って、シェリーは何事もなかったかのように踵を返す。
男を抱えたまま、静かに扉へ向かって歩き出すその姿は、まるで日常の延長のようですらある。
「いや、ちょっと待てぃ!」
反射的に叫んでいた。
シェリーの足がぴたりと止まる。
ゆっくりと振り返った彼女の目は、どこか名残惜しそうにすら見えた。
「……やっぱり、このまま行かせてはいただけませんか……」
「いや、流石に無理があるでしょ」
ミスラが呆れたようにため息をつく。
俺も同意だ。
このまま行かせたら、色々な意味で取り返しがつかない気がする。
「とりあえず、整理させてくれ」
「……はい」
シェリーは小さく頷き、こちらへ向き直る。
その仕草は従順そのものだが、先ほどの戦闘を見た後では、とても“ただのメイド”には見えない。
「えっと、今しがた俺達は、君が抱えるその男に命を狙われた。おそらくどこかの領地の刺客だろう」
「そうね。まさか入城したその日にね……驚きだわ」
ミスラが肩をすくめながら言う。
確かに、堅牢であるはずのこの街、この城に侵入を許したという事実は軽くない。
外壁、門、巡回。
どれも万全であると思い込んでいた。
だが――
「そうでしょうか?」
シェリーは、あっさりとそれを否定する。
「この街はまだ建築途中です。
住民達の移動もかなりの数あります。
侵入するのに、これほど条件が揃ったタイミングはないかと」
言われて、思い返す。
俺達がこの街に入った時に見た南の門は、確かに立派に完成していた。
だが、それはあくまで南の門だけだ。
東西南北、すべての門が完成しているわけではない。
外壁にしても同じだ。
ところどころに足場が残り、夜間でも補修の痕跡が見て取れる。
「でも、城にも侵入されたわ」
ミスラが食い下がるように言う。
「それも今はまだ、警備体制が整っているわけではありません。
加えて、今日はサブクラス持ちの皆さまもお疲れということで、陛下が全員家に返してしまっていたではありませんか。
それに、城への侵入経路なら、陛下なら“一目”でわかるのでは?」
「!」
その一言に、思考が切り替わる。
確かに、デンスの忠告を無視し、俺はサブクラス持ちを家に帰していた。
いまこの城にいるサブクラス持ちは、リリィとアスラーだけだった。
俺は彼女の言う通り目を細め、刺客の情報を視る。
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ガレット・オーブス
クラス:暗殺者
サブクラス:ローグ(タクティカルクラス)
武器:ソウルハイド・セパレーター+3 (タクティカルグレード)
STR+5 AGI+5
OE効果:自身の存在を不可視化することができる。不可視化中、ステータスは全て1となる。
上鎧:シルーレザー・シャツ STR+2 AGI+2(タクティカルグレード)
下鎧:シルーレザー・ゲートル VIT+2 DEX+2(タクティカルグレード)
腕 :シルーレザー・グローブ VIT+2 AGI+2(タクティカルグレード)
足 :ウイングブーツ+3 AGI+1(タクティカルグレード)
OE効果:跳躍力が向上する。ステータスに左右されない。
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「……なるほどな」
腕を組みながら、侵入の軌跡を頭の中でなぞる。
「何が見えたの?」
「こいつは、武器の効果で存在を隠し、装備の効果で城壁を飛び越えてきたんだ」
「武器と装備の効果……」
ミスラも顎に手を当て、考え込む。
「不可視化中はステータスが全て1になる。
だから戦うための効果じゃない。あくまで侵入用だ。
攻撃する直前に解除して、一撃で仕留めるつもりだったんだろう」
「なるほどね……」
先ほどまであったシェリーへの強い警戒は、その軽い口調のせいか、少しずつ和らいでいるようだった。
「まぁ、それはいいとして、シェリーさん」
「はい」
彼女は真っすぐこちらを見る。
「君自身のことを聞きたい。それと……その“武器”についても」
一瞬の間。
「……言わなきゃ、ダメですか?」
いたずらっぽく微笑むシェリー。
「あなた……さすがにここまで来て、言わないのは無理があるわよ……
それに、話してもらわないと、これから先、あなたを信頼していいかわからなくなる」
ミスラの声が低くなる。
再び、警戒の色が戻る。
シェリーは少し黙り込むと、小さく息を吐き、そして――
「私は、シェリー・セスク。
元アルフォンス聖王国、法王直属異端審問組織ハウンド・オブ・ゴッデス、
通称ハウンドの一人です」
「!?」
その言葉に、思わず息を呑む。
異端審問?
ハウンド?
俺には聞き慣れない言葉だ。
だが――
「……実在したの」
ミスラは、明らかに動揺していた。
「ミスラ……そのハウンドってなんなんだ」
「あー、ごめんなさい。タイシは知らないわよね」
ミスラは視線を少し逸らしながら言う。
「この島の外の大陸に、女神ゼーニスを主として崇める国、アルフォンス聖王国という国があるの」
「女神ゼーニス」
ミリィが誓っていた女神か!
この島に来て、すぐ。
優しいミリィが俺への忠誠を誓った女神。
あの時の光景が、一瞬頭をよぎる。
「そこは、法王が治める国なんだけどね……その……きな臭い噂も絶えない国だったのよ」
ミスラは言葉を選びながら、シェリーの様子をちらりと窺う。
当の本人は、相変わらず穏やかな笑みを浮かべている。
「きな臭い噂?」
「ええ。女神の教えに背く者、聖王国に仇なす者を、国内外問わず、密かに……消しているって……」
「!?」
「それを実行しているのが、ハウンドと言われる法王直属の異端審問組織って噂よ」
「噂?」
俺はミスラからシェリーへと視線を移す。
「ええ、噂よ。だって誰もその存在を確認した者はいないんですもの」
「その噂、全て事実ですよ」
静かに、しかしはっきりと、シェリーが言った。
「異端審問組織なんて聞こえはいいですが、ただの暗殺者集団です」
その声音に揺らぎはない。
「それで……その男もそうなのか?」
俺は、彼女が抱える男に視線を向けながら問う。
「いえ、この男は素人ですね。最初の一撃で仕留めきれないばかりか、存在が露見してなお戦おうとした、ただの愚か者です」
「あ……そう……」
あまりにあっさりとした評価に、思わず苦笑が漏れる。
だが――
「でも……」
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シェリー・セスク
クラス:メイド
サブクラス:なし
ステータス
STR 3 VIT 3 DEX 2 AGI 2 INT 2 EXP 1
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俺は、彼女のステータスをもう一度見る。
「君は、サブクラスを持っていない」
「……」
「なのに……なぜ……」
視線が、自然と彼女の手元へと吸い寄せられる。
あれは……間違いなく……
「なぜ……その武器が君の手にある!?」
リベンジャー武器!
禍々しい紫のオーラ。
それでいて、どこか妖しく美しいフォルム。
リリィと同じ――“復讐者”の武器。
「そうですね……」
シェリーの表情から笑みが消える。
代わりに、何かを思い出すような、遠い目になる。
「たぶん……まずは“ご覧”いただいたほうが早いかと」
「?」
意味が分からない。
「ご覧って言ったって、さっき見たし……」
訝しげに目を細めた、その瞬間――
「……嘘……だろ!?」
思わず声が漏れた。
「何? どうしたの?」
ミスラが慌てて問いかける。
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シェリー・セスク
クラス:メイド
サブクラス:ローグ(タクティカルクラス)
武器:オディウム・ダガー (リベンジャーグレード)
STR+8 VIT+2 DEX+12 AGI+15 INT+3 EXP+5
効果:所有者の憎しみによって具現化し、やがて飲み込む。
所有者を強制的に使用可能な領域まで引き上げる。
自身の存在を完全不可視化することができ、ステータスを隠蔽することができる。
ステータス
STR 11 VIT 5 DEX 14 AGI 17 INT 5 EXP 6
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「さっき……見た時と……違う」
確かに“なかった”はずのサブクラス。
そして――
自身の存在を完全不可視化……ステータス隠蔽……
「ずっと、これで隠していたのか……」
思わず呟く。
「はい」
シェリーは、柔らかく微笑んだ。
だがその笑みは、先ほどまでとはどこか違う。
静かで、深く、そして――
底知れない。
「私は、リベリオンで“最初”の復讐者です」
その一言が、重く空気に沈んだ。




