表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
78/106

第七十八話 未完の都と王の帰還

「早速ですが、街をご案内します」



デンスが静かにそう告げると、俺達は重厚な門をくぐり、内側へと足を踏み入れる。


外界と切り離された空気――わずかにひんやりとした風が、石造りの街路を撫でていた。


目の前に広がるのは、まっすぐに伸びた大通り。


丁寧に均された石畳は、陽光を受けて淡く光り、その先――およそ三百メートルほど先には、ひときわ巨大な建物が鎮座しているのが見えた。



「ここはアウター・リムでございます。


 正面に見えるのは“大鍛冶”。


 武器、兵器の製造を主とする施設です。


 あそこから先が、ミドル・リングとなります」



デンスは、両脇に控える兵士を従えながら、淀みなく説明を続ける。



「なるほど……しかし、アウター・リムはまだ建設中の箇所もあるが、それでもこれだけ住居が建っているとは……」



思わず感嘆が漏れる。



「見違えたな……」



隣でイリスが、わずかに目を見開いたまま呟いた。



「はい。住居は最優先課題でしたので、人員を集中させました」



「四方の村から人を集めたとして……足りそうか?」



この領地の人口は、アレースとアテーナを合わせた規模に匹敵する。


その全てを収めるとなれば、並大抵の話ではない。



「問題ありません。家の規格を統一し、管理もこちらで一括して行いますので。


 既に南と西の村の移住は完了しております。北と東も順次移住を進めております」



「そうか」



俺は歩きながら、周囲へと視線を巡らせる。


整然と並ぶ家々は、どれも同じ設計で統一されていた。


だが単調さは感じない。


むしろ、その規則的な配置が一種の“美”を生み出している。


軒先では煙が立ち上り、井戸のそばでは水を汲む姿が見える。


既に生活は始まっている――その事実が、街に確かな温度を与えていた。


しばらく歩を進めると、視界を塞ぐように巨大な建物が現れる。


近づくほどに、その規模が実感として迫ってくる。



「こちらが“大鍛冶”です。ミドル・リングへの入り口でもあります」



デンスは足を緩めることなく続けた。



「ミドル・リングの東西南北には、それぞれ象徴となる大型施設を配置しております」



「東西南北?」



「はい。南はこの大鍛冶と兵舎。北には研究所と兵舎。東には銀行と病院、西には孤児院と病院を配置しております」



「銀行!?」



「孤児院!?」



俺とミスラの声が、ほぼ同時に重なった。


デンスは一瞬だけ驚いた表情を浮かべると、すぐにミスラへと向き直る。



「孤児院をご覧になりますか?」



その一言で、ミスラの表情がぱっと明るくなった。


そして、すぐにこちらを振り向く。



「うん、見ておいで。君が一番気にしていた場所だ」



その言葉に、彼女の笑顔はさらに輝きを増した。



「殿下を孤児院へ。その後、城へ向かうように」



デンスが兵士に命じると、二人は深く頷き、ミスラを先導する。


小さく手を振りながら離れていくその背を見送り、俺は再びデンスへと向き直った。



「それで、銀行って?」



「はい。陛下がおっしゃっていた通り、経済を回す上で通貨は不可欠です。


 その通貨を管理する中央銀行――そのような位置づけになります。


 もっとも、現状はまだ通貨発行の目途が立っておりませんので、稼働はしておりませんが」



腕を組み、少し考える。



「なるほど……リンウェル、イリス」



背後に控える二人へ声をかける。



「できるだけ早く、測量ができる人材と会いたい。頼めるか?」



「もちろんですわ!」



「承知しました」



二人は即座に頷いた。



「では、ミドル・リングへ参りましょう」



デンスは柔らかな笑みを浮かべ、大鍛冶を迂回するように歩き出す。


その先に広がっていたのは――


広大な、更地だった。


建物らしいものはほとんどない。


風が吹き抜け、草が揺れるだけの空間。



「ミドル・リングは商業地区となる予定です。


 ですが現状は通貨がなく、物々交換が主流ですので、建物は不要……むしろ邪魔になります」



「なるほど」



理にかなっている。



「いずれ通貨が整備されれば、商人たちが店を構えるでしょう。


 その時に初めて建造を許可する予定です。


 許可制にするか、税をどうするか……考えることは山積みですが、今はまだその段階ではありません」


デンスは一度だけ足を止め、周囲を見渡した。



「ここは、エリュシオン内部の“防波堤”としての役割も持たせる予定ですので」



「わかった」



再び歩き出す。


やがて、視界の先に石垣と階段が現れた。


積み上げられた石は精巧で、隙間なく組まれている。


その上は一段高くなっており、明確に“区切られた領域”であることが分かる。



「この先がハイ・オービット。サブクラス保持者およびインペリアルガードの居住区となります」



デンスはそう言いながら階段を上る。



「アスラーやシェリーたちもここに?」



「いえ、彼らは城内です。陛下の身の回りを世話する役目ですので」



階段を登り切った瞬間――


視界が、開けた。


そこに並ぶのは、アウター・リムの住居より一回り大きな家々。


整えられた庭、ゆとりある配置。


空間そのものが、明らかに“上位”だった。



「すごいな……」



思わず言葉が漏れる。


だがデンスは、どこか苦笑を浮かべていた。



「現実的な話ですが、ある程度の待遇を用意しなければ、命を懸けようとする者は集まりませんから」



「確かに……」



苦笑が移る。


理想だけでは人は動かない。


整然と並ぶ家々を見つめながら、俺は静かに息を吐く。


この街は、そうした現実の上に築かれているのだ。



「ねぇ見て! ここからの眺め、すごくきれい!」



「リリィお姉ちゃん見えない。抱っこして」



後ろから賑やかな声が響く。


振り返れば、リリィがアリーザを抱き上げ、遠くを指差していた。



「本当だな……壮観だ。これが、あの七番領地とはな」



イリスも、その景色に見入っている。



「イリス様の頃はどんな感じだったの?」



「ん? そうだな……もっと無機質だったな」



そんなやり取りの最中――



「こ、これが俺たちの家っすか!!」



前方から、ジェイクの大声が響いた。



「ん……私……たぶん……ここから出なくなる……引きこもり……最高……」



セシルは対照的に、完全に脱力した顔で呟いている。



「いえ、サブクラス保持者の方々の住居は、さらに城寄りになります」



「なるほどっす!」



「ん……それは……困る……サボりが……バレる……」



反応の差に、思わず苦笑が漏れた。



「城というのは、あちらに見える建物ですの?」



リンウェルが指差す先。


住居の屋根越しに、わずかに覗く二本の塔が見える。



「あれが……」



「はい。では、向かいましょう」



デンスは再び歩き出す。


入り組んだ道を抜け、さらに奥へ。


やがて再び現れた石垣と階段。


今度は何も言わず、俺はそれを上った。


一段、一段――足を運ぶごとに、空気が変わる。


そして、登り切ったその先で――


デンスが振り返った。



「ようこそ、陛下。


 ここが陛下の居城――ザ・シタデル、“エリュシオン城”。


 リベリオンの主城にございます」



その言葉と共に、視界が開ける。


そこにあったのは――


無骨でありながら、どこか洗練された造形。


水に囲まれ、重厚な城壁と塔に守られた、完全なる要塞。


だが同時に、その均整の取れた構造は、ただの防衛施設ではない“威厳”をも宿していた。


鉄壁であり、象徴でもある。


その城は、確かにそこにあった。


気づけば、俺はしばらく言葉を失っていた。


日本では、ただの高校生だった俺が――今は、この巨大な城の主なのだ。


胸の奥で、小さく何かが震える。



――ここが、俺たちの国。



そう思った瞬間、不思議と責任の重さよりも、未来への高揚感の方が強かった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ