第七十八話 未完の都と王の帰還
「早速ですが、街をご案内します」
デンスが静かにそう告げると、俺達は重厚な門をくぐり、内側へと足を踏み入れる。
外界と切り離された空気――わずかにひんやりとした風が、石造りの街路を撫でていた。
目の前に広がるのは、まっすぐに伸びた大通り。
丁寧に均された石畳は、陽光を受けて淡く光り、その先――およそ三百メートルほど先には、ひときわ巨大な建物が鎮座しているのが見えた。
「ここはアウター・リムでございます。
正面に見えるのは“大鍛冶”。
武器、兵器の製造を主とする施設です。
あそこから先が、ミドル・リングとなります」
デンスは、両脇に控える兵士を従えながら、淀みなく説明を続ける。
「なるほど……しかし、アウター・リムはまだ建設中の箇所もあるが、それでもこれだけ住居が建っているとは……」
思わず感嘆が漏れる。
「見違えたな……」
隣でイリスが、わずかに目を見開いたまま呟いた。
「はい。住居は最優先課題でしたので、人員を集中させました」
「四方の村から人を集めたとして……足りそうか?」
この領地の人口は、アレースとアテーナを合わせた規模に匹敵する。
その全てを収めるとなれば、並大抵の話ではない。
「問題ありません。家の規格を統一し、管理もこちらで一括して行いますので。
既に南と西の村の移住は完了しております。北と東も順次移住を進めております」
「そうか」
俺は歩きながら、周囲へと視線を巡らせる。
整然と並ぶ家々は、どれも同じ設計で統一されていた。
だが単調さは感じない。
むしろ、その規則的な配置が一種の“美”を生み出している。
軒先では煙が立ち上り、井戸のそばでは水を汲む姿が見える。
既に生活は始まっている――その事実が、街に確かな温度を与えていた。
しばらく歩を進めると、視界を塞ぐように巨大な建物が現れる。
近づくほどに、その規模が実感として迫ってくる。
「こちらが“大鍛冶”です。ミドル・リングへの入り口でもあります」
デンスは足を緩めることなく続けた。
「ミドル・リングの東西南北には、それぞれ象徴となる大型施設を配置しております」
「東西南北?」
「はい。南はこの大鍛冶と兵舎。北には研究所と兵舎。東には銀行と病院、西には孤児院と病院を配置しております」
「銀行!?」
「孤児院!?」
俺とミスラの声が、ほぼ同時に重なった。
デンスは一瞬だけ驚いた表情を浮かべると、すぐにミスラへと向き直る。
「孤児院をご覧になりますか?」
その一言で、ミスラの表情がぱっと明るくなった。
そして、すぐにこちらを振り向く。
「うん、見ておいで。君が一番気にしていた場所だ」
その言葉に、彼女の笑顔はさらに輝きを増した。
「殿下を孤児院へ。その後、城へ向かうように」
デンスが兵士に命じると、二人は深く頷き、ミスラを先導する。
小さく手を振りながら離れていくその背を見送り、俺は再びデンスへと向き直った。
「それで、銀行って?」
「はい。陛下がおっしゃっていた通り、経済を回す上で通貨は不可欠です。
その通貨を管理する中央銀行――そのような位置づけになります。
もっとも、現状はまだ通貨発行の目途が立っておりませんので、稼働はしておりませんが」
腕を組み、少し考える。
「なるほど……リンウェル、イリス」
背後に控える二人へ声をかける。
「できるだけ早く、測量ができる人材と会いたい。頼めるか?」
「もちろんですわ!」
「承知しました」
二人は即座に頷いた。
「では、ミドル・リングへ参りましょう」
デンスは柔らかな笑みを浮かべ、大鍛冶を迂回するように歩き出す。
その先に広がっていたのは――
広大な、更地だった。
建物らしいものはほとんどない。
風が吹き抜け、草が揺れるだけの空間。
「ミドル・リングは商業地区となる予定です。
ですが現状は通貨がなく、物々交換が主流ですので、建物は不要……むしろ邪魔になります」
「なるほど」
理にかなっている。
「いずれ通貨が整備されれば、商人たちが店を構えるでしょう。
その時に初めて建造を許可する予定です。
許可制にするか、税をどうするか……考えることは山積みですが、今はまだその段階ではありません」
デンスは一度だけ足を止め、周囲を見渡した。
「ここは、エリュシオン内部の“防波堤”としての役割も持たせる予定ですので」
「わかった」
再び歩き出す。
やがて、視界の先に石垣と階段が現れた。
積み上げられた石は精巧で、隙間なく組まれている。
その上は一段高くなっており、明確に“区切られた領域”であることが分かる。
「この先がハイ・オービット。サブクラス保持者およびインペリアルガードの居住区となります」
デンスはそう言いながら階段を上る。
「アスラーやシェリーたちもここに?」
「いえ、彼らは城内です。陛下の身の回りを世話する役目ですので」
階段を登り切った瞬間――
視界が、開けた。
そこに並ぶのは、アウター・リムの住居より一回り大きな家々。
整えられた庭、ゆとりある配置。
空間そのものが、明らかに“上位”だった。
「すごいな……」
思わず言葉が漏れる。
だがデンスは、どこか苦笑を浮かべていた。
「現実的な話ですが、ある程度の待遇を用意しなければ、命を懸けようとする者は集まりませんから」
「確かに……」
苦笑が移る。
理想だけでは人は動かない。
整然と並ぶ家々を見つめながら、俺は静かに息を吐く。
この街は、そうした現実の上に築かれているのだ。
「ねぇ見て! ここからの眺め、すごくきれい!」
「リリィお姉ちゃん見えない。抱っこして」
後ろから賑やかな声が響く。
振り返れば、リリィがアリーザを抱き上げ、遠くを指差していた。
「本当だな……壮観だ。これが、あの七番領地とはな」
イリスも、その景色に見入っている。
「イリス様の頃はどんな感じだったの?」
「ん? そうだな……もっと無機質だったな」
そんなやり取りの最中――
「こ、これが俺たちの家っすか!!」
前方から、ジェイクの大声が響いた。
「ん……私……たぶん……ここから出なくなる……引きこもり……最高……」
セシルは対照的に、完全に脱力した顔で呟いている。
「いえ、サブクラス保持者の方々の住居は、さらに城寄りになります」
「なるほどっす!」
「ん……それは……困る……サボりが……バレる……」
反応の差に、思わず苦笑が漏れた。
「城というのは、あちらに見える建物ですの?」
リンウェルが指差す先。
住居の屋根越しに、わずかに覗く二本の塔が見える。
「あれが……」
「はい。では、向かいましょう」
デンスは再び歩き出す。
入り組んだ道を抜け、さらに奥へ。
やがて再び現れた石垣と階段。
今度は何も言わず、俺はそれを上った。
一段、一段――足を運ぶごとに、空気が変わる。
そして、登り切ったその先で――
デンスが振り返った。
「ようこそ、陛下。
ここが陛下の居城――ザ・シタデル、“エリュシオン城”。
リベリオンの主城にございます」
その言葉と共に、視界が開ける。
そこにあったのは――
無骨でありながら、どこか洗練された造形。
水に囲まれ、重厚な城壁と塔に守られた、完全なる要塞。
だが同時に、その均整の取れた構造は、ただの防衛施設ではない“威厳”をも宿していた。
鉄壁であり、象徴でもある。
その城は、確かにそこにあった。
気づけば、俺はしばらく言葉を失っていた。
日本では、ただの高校生だった俺が――今は、この巨大な城の主なのだ。
胸の奥で、小さく何かが震える。
――ここが、俺たちの国。
そう思った瞬間、不思議と責任の重さよりも、未来への高揚感の方が強かった。




