第七十三話 墓参り
リベリオンには、つかの間の平和が訪れていた。
平和と言っても、他の領地へ目を向ける暇すらないほど忙しかった――というだけの話だが。
七番領地を手に入れてからというもの、目が回るほどの忙しさだった。
まずは七番領地が俺の統治下に入ったことを宣言し、リベリオンと同様に領民を中央の街へと集めた。
七番領地は二層という立地もあり、東西南北に点在する村を抱えている。
さらに広大な土地を有しており、その領民の数は、一領地だけでアレースやアテーナに匹敵していた。
その膨大な領民を管理し、都市として再編するため、デンスは現在七番領地に駐在している。
三層のアレースやアテーナとは異なり、二層は天竜山に近づくにつれて緩やかな起伏が現れる地形だ。
北――一層との境には、天竜山ほどではないものの、それなりの高さを持つ山が連なり、その手前には小さな丘陵がいくつも点在している。
その丘陵からは、決して豊富ではないものの、安定して鉱石が採取できる。
東西にもそれぞれ山があり、西の山からも北と同様に鉱石が採れる。
八番領地との小競り合いも、この資源を巡る争いが原因だったらしい。
そして今、俺はアレースの執務室で、デンスが七番領地へ発つ前に提出してきた都市計画に目を通していた。
(……完璧だな)
都市設計のいろはすら知らない俺でも、その完成度の高さは理解できる。
建造中の街は、城を中心とした円形構造――いわば城塞都市。
外周は堅牢な石塀で囲まれる。
その内側には、一般市民の居住区や小規模な菜園を備えた「アウター・リム」。
さらに内側には市場や図書館、鍛冶屋、研究所などを配置した商業区「ミドル・リング」。
道はあえて迷路状に入り組ませ、侵入者の進軍を遅らせる工夫も施されている。
そしてその奥、標高が一段高くなった場所には、リベリオンの中枢を担う者たち――サブクラス持ちやインペリアルガードの居住区「ハイ・オービット」。
ここからは街全体を見渡せる構造になっていた。
最後に――俺たちの本拠地。
要塞都市の核となる「ザ・シタデル」。
この四層構造で街は成り立っている。
周囲には広大な平地を活かした農場や酪農施設も整備される予定だ。
そしてこの街には、“エリュシオン”――この街にいる人々が幸福になることを願って、その名をつけた。
(さて……そろそろ時間か)
そう思った瞬間――
コンコン、と扉がノックされる。
「陛下。準備できたぁ?」
リリィが顔を覗かせる。
「ああ、今行く」
「今日は少し肌寒いから、羽織るものを持っていきなさいね」
後ろからミスラの声が飛んだ。
「わかったよ」
そう答えると、俺は椅子に掛けていたローブを手に取り、彼女たちと共に執務室を後にする。
玄関ホールへ降りると、すでに四つの人影があった。
「あ……王様……こんにちは……です」
声の主はアリアだった。
リオデルカは、リリィと同い年の彼女をアレースに残して帰った。
リリィの支えになること、そしてアリア自身のためにも、その方が良いと判断したのだ。
その話を聞いた時のリリィの笑顔は――カイを失った後に見せた“気丈な笑顔”とは違う、心の底からのものだった。
「ほら、お二人も。先ほど練習したご挨拶を」
アスラーが、優しく二人の小さな影に声をかける。
「こ……こんにちは」
恐る恐る口を開いたのはザイン。
「ああ。こんにちは、ザイン」
カイの息子。
俺はなるべく自然に笑顔を作る。
「……」
もう一人――ザインの後ろに隠れる小さな影。
アリーザ。カイの娘。
父を失った二人は、本来なら孤児院に預けられるはずだった。
だが、それを選ぶことはできなかった。
とはいえ、俺には子供の扱いなど分からない。
そんな俺を見かねて、今はミスラが世話をしてくれている。
「こらぁ! アリーザ! ちゃんと挨拶しなきゃダメでしょ!」
リリィが腰に手を当てる。
「だって……リリィお姉ちゃん……」
アリーザの瞳が潤む。
「そうですね。挨拶は“ちゃんと”しなきゃダメですよね?」
背後から、ぞくりとする声。
「ねぇ? リリィ?」
「ひっ!」
振り返ると、シェリーが満面の笑みで立っていた。
「メイド長……」
今度はリリィが涙目になる番だった。
シェリーはそんなリリィを横目に、俺へ花束を差し出す。
「陛下。ご用命のティアの花でございます」
「ああ、ありがとう」
苦笑しながら受け取る。
「じゃあ行こうか」
今日は――墓参りの日だった。
俺たちは南へ向かって歩き出す。
城門を抜けると、そこにはかつてとはまるで違う光景が広がっていた。
石畳の通りには物々交換の露店が並び、焼きたてのパンの香ばしい匂いが漂う。
子どもたちは笑いながら駆け回り、大人たちは穏やかな表情でそれを見守っている。
荷車を引く農夫、談笑する鍛冶職人、井戸端で洗濯をする女性たち――どこを見ても、人の営みがあり、笑顔があった。
「あ……あまり……走ると……危ない……です」
アリアの声が、前を駆けるリリィとアリーザへ向けられる。
当の二人は手を繋ぎ、楽しそうに笑いながら石畳を駆けていた。
アリアはザインの手を取り、ゆっくりと歩を進めている。
ミスラ曰く、リリィもアリアも、本当に弟妹ができたかのように喜び、率先して面倒を見てくれているらしい。
「平和ね……」
隣を歩くミスラが呟く。
「ああ……まさかこんな日が来るとは思わなかった」
(だって……俺が領主だしな……)
「そう? 私は最初から、こうなるって分かってたわよ」
「そうなのか?」
「私が目的のためとはいえ、“見込みのない男”と結婚すると思う?」
「思う――ぶふっ!」
腹に一撃。
「……どうしてそう思ったんだ?」
「ただの勘よ」
「勘かよ……」
思わず苦笑する。
「ねぇ、タイシ」
「ん?」
「私たちも手を繋ごっか……あの子たちみたいに」
「……は?」
高台へ続く道は、人通りが少ない。
だが以前と違い、土の道は整備され、石畳が敷かれていた。
やがて墓地へ辿り着くと、すでに人影があった。
「おいおい……結婚したからって、こんなとこまでいちゃつくなよ」
ゴランの大声が響く。
俺とミスラは反射的に手を離した。
「もう、ゴランさん。せっかくいい雰囲気だったのに……ほら……手離しちゃったじゃないっすか……」
ジェイクが茶化す。
(余計なことを……)
「……ほんと。こういう時は……見て見ぬふりをする……のが大人」
セシルが小さく呟くが、フォローにはなっていない。
「ゴラン、お前も来たのか」
「当たり前だ! あの戦いで悔しい思いをしたのは俺も同じだからな」
ゴランの目は遠い方を向いていた。
「陛下、私たちもご一緒してよろしかったのですか?」
イリスが尋ねる。
「当然だ。あの戦いで亡くなった者は、みんなここに眠っている」
「カエデ様やサリバン、アンソニーまで……感謝のしようもありませんわ」
リンウェルが静かに頭を下げる。
「気にするな」
「……僕はなんでここにいるのか分からないけどね」
エンヴィーがぼやく。
「ん? そりゃお前……こういう時は、まず亡くなった奴らに手を合わせるもんだろ?」
俺の代わりにゴランが答えた。
「いや、君と手合わせしたいなんて一言も言ってないんだけど……」
どうやらエンヴィーは、ゴランに捕まってここにいるらしい。
「……とにかく、花を手向けよう」
俺は皆に花を渡す。
それぞれが、静かに墓前へと向かった。
ザインとアリーザも、ミスラに連れられてカイの墓の前へ立つ。
ザインは意味を理解しているのだろう。
ミスラの肩に寄り添いながら、小さく肩を震わせていた。
最後に俺が花を手向ける。
(――陛下、あいつらを頼んだ)
カイの声が、胸の奥で蘇る。
俺は振り返り、二人の前に膝をついた。
(――強く生きろって……伝えてくれ)
その言葉を伝えると、
ザインは涙を拭い、強く頷いた。
アリーザもミスラの陰から、小さく、しかし確かに頷く。
(カイ……大丈夫だ)
(この二人は、きっと強く生きていく)
(そして必ず――母親に会わせる)
静かな風が吹き抜け、花が揺れた。
それはまるで、どこか遠くで見守っている者たちの応えのようだった。
俺はもう一度だけ、墓石へ視線を向ける。
「……また来るよ」
誰に聞かせるでもなく、そう呟いた。




