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第七十話 戦後処理

この話と、19時投稿予定の話で第二章完結です!

「そうか…カイが…」



低く落ちついた声が、執務室の静寂に沈む。



「はい…」



短い返答。


そのわずかな震えが、二週間という時間では埋まらない現実を物語っていた。


あれから二週間。


俺は今、アレースの領主邸、その執務室でリオデルカと向かい合って座っている。


高い天井に吊られた燭台は、昼だというのに火が灯され、窓から差し込む光と混ざり合って、どこか鈍い明るさを作り出していた。


磨かれた石床には、俺たち二人の影がぼんやりと揺れている。


リオデルカ達リベリオン軍本隊は、あの日、十六番領地軍の出現に対応するため西側へ展開していたらしい。


そして、竜血四侯――アダチ リュウヤの登場。


その存在は、戦場の均衡を一変させるには十分だった。


リオデルカ達は、予め決めていた竜血四侯の登場により、八番領地側へと速やかに撤退を決断。


アテーナを経由し、ここアレースへ帰還した。



「他のインペリアルガードや…リリィの様子はどうだ?」



「はい…みんな落ち込んでいます…。リリィも、気丈には振るまっていますが…」



自分でも驚くほど、声が掠れていた。



「まぁ…そうだろうな…」



視線を落とす。


あの日――


満身創痍の俺たちは、どうにかリベリオン北の駐屯地へ辿り着いた。


泥と血に塗れたまま、言葉もなく。


そこで馬車を手配し、アサヒナさんと、カイの遺体をアレースへと運んだ。


領主邸の門前で出迎えたデンス達は、ミスラの傷だらけの姿、そして動かぬカイの姿を見た瞬間、言葉を失った。


リリィは――


カイの遺体にすがりつき、喉を裂くような声で泣き叫んだ。


『嫌だ』と何度も繰り返しながら、彼女はカイの身体を離そうとしなかった。


あの声は、今でも耳にこびりついて離れない。



「そんな顔をするな」



ふいに、穏やかな声が降りてくる。


顔を上げると、リオデルカが静かにこちらを見ていた。



「でも…俺が…甘い考えで…七番領地を従属化するなんて言わなければ…」



喉の奥から、絞り出すように言葉が漏れる。



「それは結果論だ」



即答だった。



「…」



「単純に軍同士がぶつかっていたら、兵士達はもっと死んでいた。悲しいことではあるが、戦争は結果が全てだ」



逃げ場のない現実。



「…はい」



「そしてその結果は、七番領地を得た。それが全てだ」



言い切られたその言葉が、重く胸に沈む。


――コンコン。


軽いノックと同時に、執務室の扉が開かれた。



「まったく。二層の領地は広すぎますね。実地調査も一苦労ですよ」



デンスが肩を回しながら、やや疲れた様子で入ってくる。



「それでも、あなたの仕事でしょ?弱音なんか吐いてないで、しっかりしなさいよ」



続いて入ってきたミスラが、呆れたように言い放つ。


その声には、以前と変わらぬ強さがあった。


この二週間、リリィ特製の薬によって彼女の傷はほぼ癒えていた。


だが、その奥にある疲労までは消えていないのが、わずかな仕草から見て取れる。


さらにその後ろから、リベリオン所属のサブクラス持ちたちが次々と入室してくる。


今日は――戦後処理の会議だ。



「失礼致します」



最後に入ってきたのは、口ひげを蓄えた壮年の男だった。


仕立ての良い衣服を着こなし、その立ち姿には長年貴族として生きてきた者だけが持つ品格が滲んでいる。


背筋を伸ばし、洗練された所作で一礼する。


俺は、その顔に見覚えがない。



「タイシ。私から紹介するわね」



ミスラが一歩前に出て、その男の隣に立つ。



「彼はアラン・クロフォード。


 元シルフィード王国侯爵家当主よ。


 リンウェルのお父様って言ったほうがわかりやすいかしら」



「リンウェルの…」



言葉が自然と漏れる。



「陛下。お初にお目にかかります。アラン・クロフォードと申します。どうぞ、よろしくお願いいたします」



深い礼。



「ああ。よろしく頼む」



「久しぶりだな。アラン殿」



リオデルカが声をかける。



「ご無沙汰しております。リオデルカ様」



アランは俺に向けたのと同じ、完璧な最敬礼を返した。



「二人は知り合いなんですか?」



「ああ。外交の席で何度か会っておる」



「なるほど」



場の空気がわずかに和らぐ。



「では、会議を始めましょうか」



デンスの一言で、全員が席についた。



(リリィは…いないか…)



視線を巡らせる。


いない。


気丈に振る舞っていても、まだ十三歳の少女だ。


今はきっと――アリアがそばにいてくれているだろう。



「では、まずは私から七番領地の状況についてです」



デンスが資料を広げる。



「リオデルカ様達が意識して侵攻してくださった甲斐もあり、建物への被害は軽微です」



「住民達にも一時的な動揺は見られましたが、沈静化は時間の問題でしょう」



「我々の統治に反抗する勢力はおらんのか?」



リオデルカが問う。



「はい。アサヒナカエデの統治が恐怖によるものであったこと、加えてこの島のルールもあり、抵抗勢力は皆無です」



(アサヒナさん…)



胸の奥が鈍く痛む。


最期の声と、あの表情が脳裏に浮かび、思考を曇らせた。



「じゃあ次は私ね」



ミスラが立ち上がる。



「七番領地のサブクラス持ち、確認されている五人のうち、二人は死亡が確認されているわ…」



その声に、執務室の空気が一段沈む。


後方に座るイリスが、静かに俯いた。



「残る二人は現在、この領主邸の地下牢に収容しているわ。その…リンウェルは拘束する形になっちゃったけど」



申し訳なさそうにアランを見る。



「お気になさらず、殿下。これはあの子が選んだ道です」



アランは目を閉じ、静かに、しかし確固たる意志で言い切った。


リンウェルが拘束されている理由。


それは、彼女が“危険”だからではない。


いや正確には“危険”だ――彼女自身の命が。


帰還したあの日。


彼女は自ら命を絶とうとした。


イリスが気付かなければ、間に合わなかっただろう。


忠誠ではない。


誇りだ。


主を守れなかった騎士としての誇りが、彼女に死という道を選ばせた。



「最後の一人、イリスはご覧の通り、既にこちらについてくれているわ」



ミスラが続ける。



「ただ、宣言と代官の任命はまだだから、正式にではないけどね」



イリスが立ち上がり、静かに一礼した。



「その代官のことだが」



今度はリオデルカが口を開く。



「ワシは、ここに呼んだアランを推す」



ざわり、と空気が揺れる。



「とは言っても、“七番領地”ではない」



その一言に、周囲が息を呑む。


リオデルカが俺へ視線を送る。


――任せる、という無言の合図。


ゆっくりと立ち上がる。



「アランさんには、このアレースの代官を任せようと思う」



静寂。


一拍遅れて、ざわめきが広がる。



「そして――」



一度、言葉を切る。



「俺達は拠点を七番領地に移す!」



一気に空気が爆ぜた。


どよめきが執務室を満たす。


デンスがすぐに言葉を引き継ぐ。



「二層への移転は魔襲などのリスクを伴います。しかし、この立地と広大な領地は、それを上回る利点があります」



納得の頷きが広がる。



「また、七番領地領主邸を増改築し、その中心にリベリオンの本城を建設します」



その瞬間――歓声が上がった。


希望と熱が、確かにそこにあった。


――会議は滞りなく終わった。


人がはけ、静けさが戻った執務室。


さっきまで響いていた声も熱気も消え、やけに広く感じる。


アランが改めて挨拶に訪れ、今後尽力することを誓っていった。


俺は笑顔で応じた。


だが――


心は、どこにもなかった。


まるで胸に穴が空いたように、感覚が希薄だ。


会議中からずっと、現実感が薄い。


ふと、視線がミスラを捉える。


彼女は何か言いたげにこちらを見ていた。


だが――


俺はその視線から逃げた。


向き合う資格がない気がして。


そのまま、足早に部屋を後にする。


廊下は静まり返り、足音だけがやけに響いた。


地下牢へ向かう途中、リオデルカに呼び止められ、ミスラへの態度を咎められた。


――分かっている。


でも、どうすればいいのか分からない。


アサヒナさん。


カイ。


そして、ミスラ。


感情が絡み合い、ほどけない。


正直――限界だった。


それでも、押し殺す。


そうしなければ、前に進めない。


重い扉の前に立つ。


地下牢への入口。


ゆっくりと、それを押し開けた。


冷たい空気が、肌を撫でる。


見張りの兵士に合図を送ると、鉄格子の奥から二つの人影が連れ出される。


一人は――元七番領地騎士、エンヴィー。


そしてもう一人は――


後ろ手に拘束された、リンウェルだった。



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