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第七話 それぞれの末路

ヤツがミリィを貪り始めて、まだそれほど時間は経っていないはずだった。


――なのに。


そのわずかな時間が、永遠のように引き延ばされて感じられる。


ミリィの衣服はほとんど引き剥がされ、細い腕で顔を覆っている。


だが、その隙間からこぼれる涙だけは、はっきりと見えた。


俺は何度も体を動かそうとした。


声を出そうとした。


だが――動かない。


無情にも、時間だけが過ぎていく。


ヤツの高笑い。


ミリィの、苦痛に歪む声。


頭がおかしくなりそうだった。



「自分でも驚いてんだよ……自分の癖ってやつにな!


 人のモン奪うの、クセになるんだよなぁ!!!」



ヤツは嗤う。



「この世界は最高だ!この世界に来れて俺は最高だ!!」



――その声、その言葉に。


俺の中で、何かが変わった。



「……最高、だと……?」



違う。


変わったんじゃない。


――振り切れた。



(――許せない)



腹の奥底から、黒い感情が込み上げる。



「許さない……ッ!!」



全身に力を込め、無理やり体を押し上げる。



「うぉぉおおおおぉぉぉ!!」



「「ッ!!」」



俺を押さえつけていた二人の男が、驚愕に目を見開いた。



「こいつ……どこにそんな力を!?」



再び押さえ込まれる。



「ぐッ……!」



それでも――


それでもだ。


ミリィを、このままにしておけるか。


もう一度、限界まで力を込めたその瞬間――


左目に、焼けるような激痛が走った。


視界の左側が、じわじわと赤く染まっていく。


同時に。


見慣れた半透明の文字が浮かび上がった。



『憤怒の感情が一定量を超えました』



『これより領民のSTRが+1されます』



「……っ!?」



一瞬だけ、思考が揺らぐ。


だが――そんなことは、どうでもいい。



「カイィィィ!!」



喉が裂けるほどの声で叫ぶ。



「ミリィを……助けろォォォ!!」



力なく押さえつけられていたカイが、突如として目を見開いた。


その瞳には、先ほどまでの虚ろさはない。


――何かを振り切ったような、鋭い光が宿っていた。



「うぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!!」



喉を裂くような咆哮が、部屋中に轟く。


今度は――カイが、抗う番だった。


全身の筋肉が軋み、膨れ上がる。


押さえつけていた男たちの体が、まるで重さを失ったかのように宙へ浮いた。



「な……なんだ!?」



宙に持ち上げられた男の一人が、恐怖に歪んだ声を漏らす。



「ちっくしょぉぉ!!」



もう一人の男が、焦りに任せて懐から短剣を引き抜く。


鈍い光を放つ刃が振り下ろされようとした、その瞬間――



「がッ……!」



男の身体が、何かに弾かれたように宙を舞い、壁へと叩きつけられた。


鈍い音とともに、崩れ落ちる。


カイは一瞬、自分の両手を見下ろした。


信じられない――そんな色が、わずかに浮かぶ。


だが次の瞬間には、その迷いを振り払うように顔を引き締め、叫んだ。



「お前ら立てぇぇぇぇぇ!!!」



その声は命令というより、魂を揺さぶる咆哮だった。


クドウをはじめ、場にいた全員の視線が一斉にカイへと向く。



「「うぉぉぉぉぉ!!!」」



押さえつけられていた騎士たちが、まるで鎖を断ち切った獣のように跳ね起きた。



「なんだ!?何が起きてるんだ!?」



クドウは、もはやミリィを貪ることすら忘れ、狼狽えたように周囲を見渡す。


立ち上がった兵士たちは、次々と襲撃者から武器を奪い取る。


そして――その刃を、躊躇なく元の持ち主へと向けた。


悲鳴。怒号。肉が裂ける音。


数刻も経たぬうちに、部屋は血の匂いに満たされていた。


残されたのは、クドウとポフバのみ。


二人はただ、理解の追いつかぬ現実に呆然と立ち尽くしている。



「な……何が起きたんだ……」



クドウが震える声で呟いた、その瞬間。


――影が落ちた。


背後に立っていたのは、カイだった。



「な……!」



振り返ったクドウの目が、大きく見開かれる。



「殺せ」



静かに――しかし絶対の重みを持って、俺の声が響いた。



「了解」



「やめ――」



最後まで言葉になることはなかった。


振り上げられた剣が、迷いなく振り下ろされる。


一閃。


クドウの首が、宙を舞った。


次の瞬間、訪れる――完全な静寂。


やがて、首を失った身体が床へと崩れ落ちる鈍い音だけが、その静寂を破った。


誰一人、動けない。


その中で俺は、我に返ったようにミリィの元へ駆け寄った。



「ミリィ……ミリィ、大丈夫か!?」



衣服は無残に裂かれ、彼女は床に横たわり、顔を覆っていた。


震える手で、自分の衣服をそっとかける。



「お洋服が……汚れて……しまいます……」



か細い声だった。


そんなことは、どうでもよかった。


ただ――守りたかった。それだけだと気付いた


部屋の視線が集まる中。


――ゴトッ。


小さな音がした。


振り向いた先には、ポフバの姿。


最後の一人となった襲撃者は、恐怖に駆られるように部屋から逃げ出していた。






電光石火の襲撃と、その終焉。


その一夜が明けた朝。


人が斬られ、命を落とす瞬間を初めて目にしたはずなのに――


不思議と、俺の腹は減っていた。


食事の準備を待つ時間が、やけに長く感じる。


(……なんだ、この感覚は)


部屋の景色も、空気も、どこか違って見える。


そして――給仕をしているのは、いつものメイドではなかった。


ミリィが、すぐに元気になるはずがない。


分かっている。


分かっているのに。


――俺に……何かできることは……


外では忙しなく大きな音が飛び交っている。


デンスを中心に、村の後処理が進められているのだろう。


だが――


その日、ミリィの姿を見ることはなかった。






俺が次に彼女を見たのは、翌日の昼過ぎ。


ただし――


それは、もう“いつものミリィ”ではなかった。


閉じられたままの瞳。


触れれば分かるほどに、冷え切った身体。


彼女は自室のベッドに、何も纏わず横たわっていた。


体には、何度も拭われたような跡が残っている。


部屋の中央には椅子。


そして天井には――ロープ。



「首をつったようです」



アスラーの声は、どこまでも静かだった。



「……」



言葉が、出ない。



「彼女達の国で女性は、神に誓った者以外の肌への接触を禁じられています」



「彼女にとって…絶望以外の…なにものでもなかったのでしょう。……それと」



アスラーがゆっくりこちらを向く



「これが……机の上に……」



差し出された紙を、無意識に受け取る。


視界がぼやける。


それでも、俺はかろうじて言葉を絞り出した。



「……どこか……日当たりがよくて……暖かい場所に……埋葬してあげてください……」



「……かしこまりました」



その返事を聞くと、俺は茫然自失で自室へと戻っていった



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