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第六十二話 十六番領地

おはようございます!


ご覧いただきありがとうございます!


私にとって、初めてのブックマーク登録、本当にありがとうございます!


とても励みになります。


物語は、いよいよ第二章のクライマックスに向けて加速していきます。


少しでもお楽しみいただけましたら幸いです!

「サクラ…」



アサヒナさんの視線は、もう俺には向いていなかった。


その先にいるのは――戦場の喧騒の向こうで立ち尽くす、一人の少女。


血に濡れた石畳の上で、場違いなほど弱々しく見えるその姿。



「くっ…」



アサヒナさんは目を伏せると同時に、地面を蹴った。


――俺目掛けて。



「うぉぉおぉぉ!!」



雄叫びが空気を震わせる。


一直線に迫るその姿は、これまでの冷静な彼女とはまるで別人だった。


ただ斬りかかる。


ただ前へ。


まるで、自分を痛めつけるかのように。


その剣には、もはや鍛えられた技も、計算もない。


ただ感情のままに振るわれる、単調な軌道。



「カワナミさんと……そんなに仲が良かったのか……」



俺は、彼女にだけ届く声で呟く。



「仲良くなんてない!ただの知り合いってだけだ!」



返ってきた声は、怒気を帯びていた。


――だが、その奥にあるものを、俺は見逃さなかった。



「っ…!」



振り下ろされる一撃を、槍でいなす。


だが――その軌道は単純だ。


踏み込みは鋭い。


だが、その後が続かない。


振るう。外れる。間が空く。



「くっ…!」



歯噛みし、再び剣を振るう。



「はぁッ!!」



だがやはり直線的。


俺は半歩だけ体をずらし、刃を逸らす。


キィン――と乾いた音が響く。



「……ッ!」



彼女の表情が歪む。


焦り。


苛立ち。


そして、それらを押し流せないほどの“迷い”。



「まだだ…!」



無理やり踏み込んでくる。


だが足運びが僅かに乱れている。


剣を振るうたび、意識がどこかへ逸れているのがわかる。



「……くそっ」



小さく吐き捨て、剣を構え直す。


だが――


その切っ先は、わずかに震えていた。


そして、ふいに。


彼女は剣を下げた。



「時間切れか」



ぽつりと呟く。


その瞬間だった。


――空気が変わる。


さっきまで頭上にあったはずの陽光が、いつの間にか陰り始めていた。


雲が流れ込む。


ゆっくりと、だが確実に。


まるで“覆い隠す”ように。



「?」



俺が違和感に眉をひそめた、その時。


ドーン!!


大地を叩くような衝撃音。


地面が震え、空気が揺れる。


視線を向けた先――領主邸南の柵が、内側へと崩れ落ちていた。



(柵を壊して…リオさんか?)



一瞬、そんな期待がよぎる。


だが――


次の瞬間、それは打ち砕かれた。


崩れた柵の向こう。


そこから“流れ込んできた”のは――


黒。


黒。


黒。


人の形をしているはずなのに、人には見えなかった。


まるで影そのものが形を持ったかのような、黒いローブの集団。


音が、奇妙に吸われる。


足音はあるはずなのに、響かない。


気配はあるのに、掴めない。


ただ、そこに“いる”。


それだけで、場の空気が歪む。



「な…なんで…どこに…こんな戦力を…」



喉が張り付く。


言葉が、まともに出てこない。



「タイシ!!」



「陛下!!」



ミスラとカイ達が駆け寄る。



「こりゃ…一体どういうことかねぇ」



一方で、カワナミさんの周囲にも、ジラールやイマリをはじめ兵が集結していた。


空は、完全に曇っていた。


光は鈍く濁り、世界の色が一段暗く落ちる。



「サリバンも驚いていました…たぶんこれはカエデ様の独断による策かと」



ボロボロの体で戻ってきたイリスが息を切らしながら言う。



「陛下…悔しいが…ここは引くことをすすめる」



カイの声は重かった。



(囲まれる前に…引くしかない)



そう判断し、カワナミさんへ合図を送ろうとした――その時。



「アサヒ、サクラ。あんた達が手を組んだのと同じだよ」



「!?」



「アタシは十六番領地と手を組んだ」



カエデ様は、自嘲するように笑った。



「!!」



「なんで…カエデちゃん…」



カワナミさんの声は震えていた。



「なんで?サクラ、おまえだってアサヒと組んでるじゃねぇか」



「それは、カエデちゃんを…!」



「アタシをなんだよ」



「っ…!」



「条件が条件だったから、あんま使いたくなかったけどな…仕方ない」



「条件!?」



「イシダのやつと約束したんだよ。


 協力、それとお前ら殺した後の領土はアタシが頂く。


 その代わり――一度だけ“アイツの物になる”ってな」



「は?」



場の空気が、一瞬で凍る。



「思春期の男ってのは、本当に扱いやすくて助かるぜ……」



吐き捨てるように言うその声。


だが、その表情は――痛みを押し殺しているように見えた。



「カエデちゃん…」



「サクラ、もうしゃべるな。話は終わりだ」



静かに、断ち切るように言う。


その背後。


黒の集団の中から、一人の細身の男が進み出る。


フードに覆われ、顔は見えない。


だが、その存在だけが、異様に濃い。



「あとは任せた」



アサヒナさんは振り返ることなく言う。


そして――



「ほんと……ごめんな」



誰に向けた言葉だったのか。


その場の誰にもわからなかった。


男はわずかに頷くと、ゆっくりと腰の短剣を抜いた。


曇天の下、その刃だけが鈍く光る。


次の瞬間――



「なッ!!」



「!!!」



短剣は、アサヒナさんの胸へと深く突き刺さっていた。



「お…ま…え…」



彼女の顔が歪む。


血が、黒いローブの上に広がっていく。



「チッ!」



サリバン、エンヴィー、リンウェルが一斉に飛び出す。


だが――


その前に、三つの影が立ちはだかる。


同じ黒いローブ。


同じ、感情のない存在感。



「チッ!」



「じゃまですわ!」



エンヴィーが悪態をつき、リンウェルが焦る。



「どけ…!」



サリバンは怒気で空気を震わせていた。


それでも、黒ローブは微動だにしない。



「やっと…」



短剣を突き立てた男が、ぽつりと呟く。



「?」



「やっとだ…」



ゆっくりと、刃を引き抜く。


血が滴る。


力を失った体が、後ろへと崩れ落ちる。


だが――


黒ローブの男が、その体を優しく抱き止めた。


その拍子に、フードがずれる。



「おまえは!!」



思わず叫ぶ。


だが、男は気にも留めない。



「やっと僕の“モノ”になるね…カエデ」



背後から抱き寄せる腕。


その声音は、歪んでいた。


愛情とも執着ともつかない、底知れない“何か”を孕んでいた。


鳥肌が立つ。


本能が、あれに近づいてはいけないと警鐘を鳴らしていた。


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