第六十一話 領主 vs 領主
アンソニーの死。
それは、七番領地の兵士達を浮足立たせるには、あまりにも十分すぎた。
中庭に満ちる血の匂いと、途切れない金属音。
その中で一瞬だけ生まれた“ざわめき”が、戦場の均衡を確かに揺らしていた。
“個人で戦術を成立させる”――タクティカルクラスの死。
それが持つ意味は、あまりにも大きい。
「……劣勢か……」
アサヒナさんは、そう呟きながら手に持つ剣を振るう。
淡く光を帯びた刃が空気を裂き、乾いた音を響かせた。
だが、その顔に焦りの色はない。
むしろ、すべてを受け入れたような静けさすらあった。
「そろそろ諦めてくれると嬉しいんだけど……」
俺はその剣を大槍で受け止めながら言う。
衝撃が腕に伝わり、じんとした痺れが残る。
「諦める? なぜ?」
「サブクラス持ち二人が倒れた。周りの兵士達の制圧も時間の問題だ」
現実を突きつけるように言葉を重ねる。
「それは、おまえのところも一緒だろ」
アサヒナさんは即座に返す。
「いくらサブクラス持ちといえど、その人数でこの数を抑えてるんだ。消耗は必至だ」
「……」
冷静だ。
彼女の言葉は、否定のしようがない。
援軍として駆けつけてくれた八番領地のジラールとイマリ。
二人の実力は申し分ない。
だが、次から次へと押し寄せる敵を相手に、休む間もなく戦い続けている。
(ここは敵地だ。さらに援軍が来たら……きついな)
中庭の向こうでは、新たな兵が門を抜けてくるのが見えた。
戦況は、決して楽観できるものではない。
「しかし……聞いてはいたが……あのタイシが武器を持って戦うとはな」
「……やるしかないからね……」
短く答える。
「そりゃ……そうだな」
アサヒナさんは、わずかに笑った。
その笑みは皮肉でも嘲笑でもなく、どこか納得したようなものだった。
俺と彼女の戦いは、サブクラス持ち同士のそれとは程遠い。
言ってしまえば、子供のチャンバラのようなものだ。
だが――
手にしている刃は、本物だ。
一歩間違えれば、確実に命を奪う。
「ところで、その剣……なんでうっすら光ってるんだ?」
つばぜり合いから距離を取り、俺は彼女の剣を見据える。
「あん?」
「サリバンとかいう男の拳武器もそうだ。オーラみたいなのをまとってた」
「なんだ、知らないのか?」
「ああ」
「この剣、“見て”みろ」
そう言って、彼女は剣を軽く掲げる。
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武器:ナイトソード+3 (ノングレード)
効果:STR+1 VIT+1 DEX+1
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「!?」
視界に浮かび上がる情報に、思わず目を見開く。
「見えたか?」
「……“+3”……?」
見慣れたはずの武器名の後ろに付く、異質な表記。
「“オーバーエンチャント”ってやつだ。特殊な素材で武器を強化できる」
(つまり、俺でも戦力を底上げできるってことか……)
「……ほんと、ゲームみたいだな……」
思わず漏れた本音。
「ん? なんか言ったか?」
「いや、なんでもない。続けてくれ」
「まぁ、強化すりゃあな。アタシらみたいにステータスの恩恵を受けられない領主でも、その力を借りられるってわけだ」
「……なるほど」
「そうでもしなきゃ、か弱いアタシが――」
彼女はわざとらしく肩をすくめる。
「逞しくなって、ちょっとカッコよくなっちまったお前と、こうしてやり合えねぇだろ」
(たしかに……)
今さらながら、その違和感に気づく。
「まぁ、そういうことだから――なッ!!」
言葉の終わりと同時に、踏み込んでくる。
俺はそれを受け流す。
だが、彼女の攻撃は止まらない。
連続する斬撃。
鋭く、重く、確実にこちらを削る。
そのすべてに、明確な“殺意”が込められていた。
「アタシからも一つ聞きたい」
刃を交えながら、彼女が口を開く。
「……?」
「なんで、アタシに狙いを定めた?」
「!?」
「言い方を変えるぞ。なんで“サクラ”じゃなくて、アタシなんだ?」
振るわれる剣とは裏腹に、その目にはわずかな悲しみが宿っていた。
“カワナミ サクラ”――七番領主であるアサヒナさんの隣、八番領地の領主。
そして、彼女が小競り合いを繰り返していた相手。
「……」
言葉が出ない。
「答える気は……なしか」
その瞬間、剣の鋭さが一段増す。
「くっ!」
捌ききれず、腕に浅い傷が走る。
オーバーエンチャントによるステータス差。
それは想像以上に、戦況を左右していた。
攻撃を受けるたび、俺の体には確実に傷が増えていく。
「アサヒ……アタシはあんたを……」
「!?」
「なんでもねぇ……よっ!」
言葉を飲み込んだ彼女の踏み込みは、先ほどまでとは比べものにならないほど鋭さを増した。
「……ッ!」
必死に槍を合わせる。
金属がぶつかり合い、火花が散る。
その衝撃が、痺れるように腕を走る。
ステータスの差か。
それとも――背負っているものの重さか。
刃の向こうにある、彼女の瞳。
そこにあるのは、悲しみと、冷徹な殺意。
(なんで……そんな目をしてるんだ……)
その矛盾が、俺の判断を鈍らせる。
決定的な一撃を、どうしても踏み込めない。
だが――
「甘ぇんだよ……お前はッ!」
叫びと共に振るわれた一撃。
「――ッ!」
俺は横に跳び、辛うじてそれを避ける。
土が抉れ、砂塵が舞い上がる。
「どうした? 覚悟決めた顔してたのは、ハッタリかよ」
肩で息をしながらも、彼女は剣先を俺の喉元に向ける。
その切っ先は、わずかに震えていた。
恐怖ではない。
激情と、良心。
そのせめぎ合いが、そのまま刃に現れている。
剣が喉元をかすめ、薄く血が滲む。
「戦えよ! アタシを殺す気で来い!」
その声は、もはや叫びだった。
「そうしなきゃ……アタシはあんたを、本当に斬っちまう……っ!」
彼女の背負っているもの。
それは、俺の想像よりもずっと重く、逃げ場のないものだ。
その瞳の奥には、ここではないどこか――家で自分を待つ病弱な母親の姿が映っているようだった。
『アタシ一人っ子だし、やるしかねーだろ。』
ふと、過去の言葉が脳裏をよぎる。
笑いながら言っていた。
だが、その言葉の重さを俺は理解していなかった。
俺は唇を噛み、地面を蹴る。
今度は、俺から踏み込む。
「……わかった。なら、俺も全力で応える」
槍を構え直し、懐へと飛び込む。
アサヒナさんの目が、わずかに見開かれた。
迷いが消えたことを、悟ったのだろう。
火花が散る。
打ち込み、払い、突き。
連続する攻防の中、鉄の匂いと荒い呼吸だけが支配する。
だが――
やはり、差は埋まらない。
防戦になるたび、俺の服はさらに赤く染まっていく。
「……っ!」
一瞬の隙。
その瞬間――
彼女の小柄な体が、俺の懐に潜り込む。
(しまった)
そう思った、その時だった。
「やめて! カエデちゃん!!!」
血の匂いが充満する中庭に、甲高い声が響き渡る。
「「!?」」
その声に、剣が、動きが、止まる。
「くっ……」
俺はその隙に後ろへ跳ぶ。
だが、アサヒナさんの視線は、俺ではなかった。
「サクラ……」
彼女の視線の先。
そこには、一人の少女が立っていた。
カワナミサクラは、涙を浮かべたまま、こちらを見つめていた。




