第五十五話 決裂、そして開戦
「アタシにあんたの下につけって?」
「そうだ」
俺とアサヒナさんの視線が、再び交わる。
だが、その沈黙を破ったのは――先に視線を切ったアサヒナさんだった。
「はっはっはっは!」
彼女は天を仰ぎ、大きく笑う。
「冗談は寝て言えよ、アサヒ!」
「……俺は本気だ……」
「たしかにルールブックには書いてあるな」
――従属領の保有上限は一領主につき二領までとする。
――当該領地の占領に際し、既存の領主を廃することなく、そのまま従属させる権利を有する。
「それで? アタシはお前の奴隷か?」
――従属化した領主は、宗主に対する一切の敵対行動および拒否の意思表示を封じられるものとする。
「なんだ、アサヒ? エロいことでも考えているのか?」
彼女は挑発的な笑みを浮かべて言う。
だが俺は、その挑発には乗らない。
「君の目的は……日本に帰ることだろ? お母さんのために」
「ッ!」
その一言で、彼女の表情が強張る。
核心を突いたのは明らかだった。
「帰り方もわからないのに、やみくもに争ってどうするんだ!」
気づけば、声が大きくなっていた。
「……やめろ……」
「俺の目的は……この島を統一した、その先にいる“神”をぶっ飛ばすことだ」
「やめろ」
「その神が帰り方を知っているかもしれない……もしかしたら、帰してくれるかもしれない……!」
「やめろ」
止まらない。
「俺達の目的は同じなんだ! 相手はその“神”だ! だったら争うんじゃなくて、協力するべきだろ!」
「やめろ!!!!」
アサヒナさんの叫びが、辺りに響き渡る。
「……」
「おまえ……なんもわかってねえな……」
「……!?」
彼女は俯いたまま、低く呟く。
「そんな簡単な話じゃねぇんだよ」
「……」
彼女の声がわずかに震えた。
「お前はもう一人殺ってるから……余裕ってか?」
――ッ!!
胸の奥を、えぐられたような感覚。
思わず、顔が歪む。
「アタシには……必要なんだよ……覚悟が……」
「でも……」
「もういい……」
「!?」
「話は終わりだ」
彼女はそう言うと、顔を上げ、ゆっくりと立ち上がる。
「まだ……!」
言いかけた、その瞬間――
「やれ」
低く、短い命令。
次の瞬間、アサヒナさんの背後から大きな影が躍り出る。
「!」
気づいた時には、もう遅かった。
振り抜かれる拳が、すでに俺の顔面を捉えていた。
だが――
カーンッ!
乾いた金属音が、目前で弾ける。
俺を襲った大男――サリバンの拳。
それを受け止めたのは、カイの盾だった。
「陛下……もう諦めろ」
カイが低く呟く。
「……ッ!」
その言葉に顔を歪めた、その時――
「……!」
横合いから銀閃が走る。
カーンッ!
再び、金属音。
サリバンの背後から斬りかかったイリスの一撃を、サリバンは左手の籠手で受け止めていた。
そして――
「フンッ」
右拳の一撃が、イリスへと放たれる。
「クッ……!」
もう一方の剣で受けるが、その重さに押され、体が大きく後方へ弾き飛ばされる。
「イリス……」
サリバンは低く呟き、そのまま追撃に移る。
目の前で繰り広げられる戦い。
俺はそこから視線を外し、アサヒナさんを見る。
彼女はすでに背を向け、安全な位置へと下がろうとしていた。
「陛下も下がれ」
カイが静かに言う。
俺は唇を噛み、一歩後ろへ下がる。
その瞬間――
横を、大きな影が駆け抜けた。
「戦ってる最中に背中を見せるもんじゃねえぜ!!」
ゴランの叫び。
背を向けるアサヒナさんへ、拳を振るう。
だが――届かない。
「へえ……そんな細腕でよく止めたな」
ゴランがニヤリと笑う。
その拳を受け止めていたのは――
「戦いはあんまり好きじゃないんだけどなぁ……」
大剣で防いでいる、エンヴィーだった。
そして、俺の右側では――
「できればあなたと戦いたくはなかったのだけど……」
ミスラが静かに言う。
「……殿下……戦とは、いつの世も無常なものですわ……」
リンウェルが応じる。
互いに武器を構え、対峙する。
(人数はこっちが有利……だが……)
「人数で有利、とか思ってねぇよな?」
離れた位置から、アサヒナさんの声。
右手をゆっくりと上げる。
その瞬間――
バンッ!
領主邸の扉が勢いよく開かれる。
「!!」
中から五十人近い兵士が飛び出し、俺達を取り囲む。
(まぁ……そうだよな……)
「悪いな、アサヒ……アタシはもう引けねぇんだ」
勝利を確信していてもおかしくない状況。
だが――
彼女の表情は、どこか苦しげだった。
深く息を吸い込み――
「やれぇ!!」
迷いを断ち切るように叫ぶ。
その号令に、兵達の視線が一斉に俺へと向いた。
カイが前に出て、盾を構える。
その時――
ドーンッ!!
領主邸の跳ね橋の方角で、爆発音と共に煙が上がる。
「なんだ!?」
全員の視線がそちらへ向いた。
やがて煙が晴れると――
「カ……カエデ様……」
兵士が、よろめきながら這い出てくる。
「なにがあった?」
近くの兵士が駆け寄る。
「敵……襲……です……街に……入り込まれました……」
それだけ告げると、その兵士は気を失った。
「なん……だと?」
アサヒナさんの目が見開かれる。
そしてすぐに、俺を睨みつける。
「とにかく今は、アサヒ――」
「ウッ!」
言いかけた瞬間。
負傷兵を介抱していた兵士が、ゆっくりと倒れる。
「誰だ!?」
ざわめき。
その先に、ひとつの影。
煙の向こうから聞き覚えのある声が響く。
「陛下!お待たせしたっす!!」
「ジェイク!!」
思わず叫ぶ。
「ちゃんと連れて来たっすよ!」
その言葉と同時に、左右から二つの影が現れ、近くの兵士を一瞬で斬り伏せる。
「ッ!?」
「あー失礼。
わけあって、リベリオンの援護をさせてもらう。
……ああ、なんだ、めんどくせぇからやっぱいいや」
大剣を肩に担いだ、禿頭の男。
「まったく……お主は本当にいい加減じゃな。
こういう時は最初が肝心だというのに」
小柄な、和装の少女。
「おまえらは……ジラールと……イマリ!」
「お?サリバン!……とイリスか?話には聞いてたが、マジでやり合ってるとはな……」
「なるほど……リベリオンは八番領地と組んだ、というわけか……」
サリバンの理解は正確だった。
「アサヒナさん!まだ終わってない!」
俺は叫ぶ。
アサヒナさんがこちらを見る。
「これで戦力は五分だ!いや、俺達の軍も街に入っている!もう終わりだ!!」
「……」
「ははは……まさかここまで準備してるとはな……」
彼女は自嘲気味に笑う。
「たしかに、三人のサブクラス持ちが加わったことで、人数の利は消えたな」
「……」
「だが――アンソニー!!!」
その名が響く。
「「!!」」
領主邸から現れたアンソニーは、何かを抱えていた。
「ザイン!アリーザ!!」
カイが叫ぶ。
それは――カイの子供たちだった。
「貴様ぁぁああ!二人に何をしたああああ!」
カイが詰め寄る。
その気迫に、兵士達が後ずさる。
(アサヒナさん……本当に……)
「動くんじゃねえ!!」
アンソニーが怒鳴る。
「安心しな。眠ってるだけだよ。今はな……」
「!?」
アサヒナさんの言葉に、カイが睨みつける。
「気づいてないとでも思ったか?」
「……」
「カイ・レイモンド。お前にやってもらいたいことがある」
「……」
「お前のすぐ後ろにいる、アサヒをやれ」
「ッ!?」
静かに告げられた命令。
カイは剣を強く握る。
「カイ!!」
「カイさん!!」
ミスラとジェイクが叫ぶ。
だが、カイは動かない。
沈黙。
(こうなったか……)
俺は一度、天を仰ぐ。
そして、ゆっくりと視線を戻し――
「やれ」
「!?」
意外にも、その言葉に反応したのは七番領地側だった。
「やれぇ!!」
俺はもう一度、強く叫ぶ。
その声は静寂を切り裂き――
「ん……了解……」
確かに、彼女に届いた。




