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第五話 夢の中の女

――主様なら、きっと成し遂げられます!



「成し遂げる……か……」



ぽつりと漏れた言葉は、やけに空虚に響いた。


一体、何を成し遂げるというのだろうか。


目的?


そんなものは俺にはない。


統一?


そんな気もさらさらない。


考えれば考えるほど、自分の中に芯のようなものが存在しないことを思い知らされる。


昼食を終えたバルコニーには、柔らかな陽光が石造りの手すりを照らし、風がゆるやかに頬を撫でていく。


視線の先では、領民達がまだ忙しなく働いていた。


荷を運び、声を掛け合い、それぞれの役割を果たしている。


その光景は、どこか生き急いでいるようにも見えた。



(わけも分からずこの島に来て、よくそこまで動けるよな……)



他人事のように眺めながら、ふと一人の男の言葉が脳裏に浮かぶ。


――俺は俺の目的のため、好きにやらせてもらう!


カイの声だった。



「目的、か……」



ミリィもそうだ。


妹を見つけ、両親の元へ帰る。


そのために俺に尽くそうとしている。


誰もが何かを背負い、何かに向かって進んでいる。


なのに、俺だけが――空っぽだ。


日本に帰りたくないわけじゃない。


だが、帰らなければならない理由も、特別にあるわけじゃない。


それに、このゲームとやらは百年単位で設計されているらしい。


この世界の住人の寿命は知らないが、普通に考えれば世代交代すら視野に入る長さだ。


――そんなスケールの話を、今の俺に目的として実感しろって方が無理だろ……。


小さく息を吐く。


眼下で忙しく働く人々にも、それぞれ目的や事情があるのだろう。


だが、それらすべてを領主として背負うなど――


俺には、できる気がしなかった。


ぼんやりと眼下の景色を眺めていると、不意に視界の端に違和感が引っかかった。


少し離れた場所に、一人の男がいた。


粗末な鎧のようなものを身にまとい、村人を見つけては呼び止め、何事かを話している。


短い会話を交わしては軽く頭を下げ、また次の人間へ。


落ち着きのないその動きは、どこか焦りを含んでいるようにも見えた。


――カイの部下か?


この屋敷にいるのは、カイ、デンス、アスラー、ミリィ、そして俺の五人。


だが、俺が引きこもっていた二週間の間に、領内から人員が補充されていた。


メイドが三人。


騎士が十人。


もっとも、その誰一人として、俺は顔すら合わせていないのだが。


そう考えれば、新人の騎士が何か調査でもしている。


そう見るのが自然だろう。


だが。



「……いや」



その男の風貌は、どうにも騎士らしくなかった。


むしろ、無骨で粗野な雰囲気。


どちらかといえば、山賊の類を思わせる。


(あいつも見る目がないな)


カイの顔を思い浮かべ、心の中で毒づく。


どうせ俺のことなど、とっくに見限っているのだろう。


そのとき、不意にある言葉が蘇る。


――どうやら、武装した集団と遭遇したとのことです。


アスラーの報告。



「……」



胸の奥が、わずかにざわついた。


(まさか、な)


自嘲気味に首を振る。


そんな偶然があるはずがない、と。


雑念を振り払うように踵を返し、バルコニーを後にした。


自室に戻ると、最近ようやく身体に馴染み始めたベッドへと身を預ける。


天井を見上げることもなく、そのまま静かに目を閉じた。


外の喧騒が、遠くに感じられる。


それでも胸の奥に残った小さな違和感だけが、消えることはなかった。






まぶたの裏に、ぼんやりと光が差し込んだ。


ゆっくりと目を開ける。


気づけば俺は、見慣れた田舎道の真ん中に立っていた。


どこまでも続く田んぼ。


遠くで鳴くひぐらしの声。


湿った土と、草の匂い。


胸の奥に、じんわりと何かが広がる。


懐かしい――はずの光景だった。



「……なんで、ここに……」



呟いた声は、やけに静かな空気の中に溶けていく。


周囲を見渡す。


見慣れているはずの景色。


何度も通った帰り道。


身体が覚えているはずの場所なのに、どこか現実味が薄い。



「あぁ……これは……夢か……」



そう口にした瞬間、妙に納得している自分がいた。


現実ではないと分かっているのに、妙に鮮明だ。


風は肌を撫で、稲はざわりと揺れ、ひぐらしの声は耳の奥に残る。


五感すべてが、ここにあると訴えている。


それなのに――


人の気配が、まるでなかった。



「いや……」



思わず眉をひそめる。


夢だからか、静かすぎる。


足元の砂利を踏む音だけが、やけに大きく響く。


そのとき。


背筋に、わずかな違和感が走った。



「そこにいるのは誰だ!?」



反射的に声を上げる。


視線の先。


脇に生えている一本の木。


風に揺れる葉の隙間。


その奥に、何かがいる気配。



「……」



返事はない。


ただ、張りつめた静寂だけが広がる。


空気が重い。


だが――確かにいる。



「へぇ……気づくんだ」



――!?


次の瞬間、木の裏から一人の少女が姿を現した。


小柄な体躯。


だが、その立ち姿には妙な芯の強さがあった。


纏っているのは軽装の鎧。


レザーメイル。


俺が生まれ育ったこの土地、この国には明らかにそぐわない装い。


場違いなのは景色の方なのか。


それとも――彼女の方なのか。



「こんにちは。領主様」



「……っ」



その一言に、思考が一瞬止まる。



「いや、今はその呼び名じゃなくて、ちゃんと呼んだ方がいいか……」



口元に、どこか楽しげな笑みを浮かべながら、彼女は言う。



「ア・サ・ヒ、タ・イ・シ君」



――ッ!?


心臓が大きく跳ねた。


反射的に一歩引き、身構える。



「なんで俺の名前を……」



声に、わずかな動揺が滲む。



「なんでって……だってステータスにそう書いてあるし」



軽い調子で返される言葉。



「ステータス!?」



ステータスって、あれか?


目を細めると見える、あの表示のことか?


こいつ……見えているのか?


警戒が、一段と強まる。


だが、彼女は気にした様子もなく肩をすくめた。



「まぁ、ちょっと様子見に来ただけだったんだけど……」



「おまえ……何か知ってるのか?」



思わず踏み込む。


この状況で、知っている側にいる存在。


逃すわけにはいかなかった。



「んー? 何かって何だろう?」



とぼけたように首をかしげる。



「……」



言葉が詰まる。


――俺は、何を知りたいんだ?


この世界のことか。


あの島のことか。


それとも――自分がここにいる理由か。



「……」



沈黙が、妙に重い。


そんな俺を見て、彼女はくすりと笑った。



「あの世界のこと?


 竜のこと?


 ステータスのこと?


 なーんでも知ってるよ?」



――!!


一歩、距離を詰める。


だが。



「でもね」



その声色が、ほんの少しだけ変わった。



「今はそんなこと聞いてる場合じゃないんじゃないかな?」



「どういう意味だ!?」



思わず声を荒げる。


その瞬間。



「て……しゅ……ぅ……」



微かに。


確かに、聞こえた。


俺たち以外の声。



「――なんだ!?」



周囲を見渡す。


だが、誰もいない。


ただ、さっきまで以上に静寂が濃くなっているだけだ。



「ほら、早く行ってあげないと!」



彼女はくるりと背を向け、歩き出す。


その足取りには迷いがない。



「お、おい! ちょっと待て!」



思わず呼び止める。


だが彼女は振り返らず、軽く手を振るだけだった。



「そんな焦らないで。大丈夫だよ。また会えるから!」



そして、顔だけをこちらに向ける。


その表情は――どこか無邪気で、どこか底知れなかった。



「またって!?」



問いかける。


だが。



「それまでは、あの世界を楽しんで! ……そして……」



ふと、彼女の笑みが消えた。


ほんの一瞬だけ。


感情の色が抜け落ちたような無表情。



「そして……?」



思わず息を呑む。


だが次の瞬間には、また元の調子に戻っていた。



「うんうん、なんでもない! じゃあね!」



軽やかな声。


その言葉と同時に。


視界が、ゆっくりと暗く沈み始める。


足元が曖昧になり、景色が遠のいていく。


意識が、奈落へと引きずり込まれるように落ちていく。



「待て……」



手を伸ばす。


だが、届かない。


そのとき。


薄れゆく意識の中で、彼女の声だけが、はっきりと残った。


――あのクソったれどもを……殺して。



「――っ!?」



意味を理解するよりも早く。


意識は、完全に闇へと沈んだ。


……


…………


………………



「敵襲ッ!!!!!」



その叫び声が、意識を無理やり引きずり上げた。


ここまで読んでいただき、ありがとうございます。


まだ序盤ではありますが、ここから少しずつ物語が動き始めます。


引き続きお付き合いいただけると嬉しいです。


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