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第四話 メイドの誓い

時刻は昼過ぎだろうか。


窓から差し込む陽光が、静まり返った自室の床をやわらかく照らしている。



「今日はお天気もいいですし、バルコニーでお食事をとりませんか?」



その穏やかな光を打ち破るように、明るい声が室内に響いた。



「……」



返事をする間もなく、ミリィは軽やかな足取りでバルコニーへ向かい、食事の準備を始めてしまう。


結局、俺も釣られるように席を立ち、自然と彼女の後を追っていた。


外に出ると、澄んだ空気と心地よい風が頬を撫でる。


見上げれば雲一つない青空が広がっていた。



「今日はなんと! 大地芋のバター蒸しです!」



振り返った彼女が、誇らしげに皿を掲げる。


そこには、日本で見慣れた芋によく似たそれに、黄金色のバターがとろりと溶けかかっていた。


――ッ!!


思わず息を呑む。



「本来はそう簡単に手に入るものではないのですが、


 幸運なことに領内に酪農家のクラス持ちの方がいまして!


 それで、最初から用意されていた牛の乳を加工して……主様!?」



楽しそうに説明していたミリィが振り返り、俺の顔を見るなり言葉を止めた。



「あ、あれ……なんでだろ……あぁ……ちょっと、懐かしくなったのかな」



気づけば、頬を涙が伝っていた。



「懐かしく……?」



「うん。実は、家業が農家だったんですよね。


 それでこの芋とよく似た芋を、同じような食べ方でおやつとして食べてて」



「そうなのですか?


 主様は作物を育てていらしたのですね!」



「いや、俺は学生だったから……」



「学生……?」



「あー……学校ってところに行って、勉強するだけの生活……みたいな」



「勉強だけの生活……素敵ですね!」



無邪気に言い切る彼女に、思わず苦笑する。



「そう……かな。


 まぁ、家業はたまに手伝うくらいで、基本は両親がやってたんですよ」



「ご両親が……なるほど……」



一拍置いて、ミリィの表情が真剣なものへと変わる。



「主様は、ご両親に会いたいと思われていますか?」



「ん?……まぁ、どちらかと言えば会いたいですね。


 仲が良かったわけじゃないけど……いざ一人で知らない場所に放り出されると、さすがに」



「そう……ですよね……」



彼女は小さく視線を落とした。


――何か、まずいことを言ったか?



「そ……」



「そ?」



「そうですよね!」



顔を上げた瞬間、そこには先ほどまでとはまるで別人のような満面の笑みがあった。



「そうなんです! 会いたいんです!


 主様も……私も!」



「あの……ミリィさんも『お告げ』を聞いてここに来たんですよね。


 ご両親は?」



「はいっ!


 両親は国にいます!


 決して裕福ではありませんでしたが、自慢の両親です!」



その眩しさに、少しだけ圧倒される。



「このゲームで統一を果たせば、必ず外に出られる。


 そしてまた会える――そう信じています!


 ……まぁ、その前に妹を探さないとですが!」



「……妹さん?」



「はい! リリィといいます!


 あの子もお告げを聞いたので、この島のどこかにいるはずです!」



「姉妹で同時に……一緒の領地にはならないんですか?」



「どうやら、家族で飛ばされることはあっても、同じ領地になるとは限らないみたいです。


 もしかしたら例外もあるのかもしれませんが……」



「そうなんですね……心配ですね」



「いえ!


 あの子なら大丈夫です!


 強い子ですから!


 それに心配なのは父のほうです!


 また母に怒られていないか……」



言い切ると同時に、彼女は最後の皿をテーブルに並べた。



「あはは……」



「さぁ主様! 準備ができました!」



「あ……ありがとうございます……」



思わず小さな声になる。



「もう!


 主様!


 前から言っていますが、遠慮は不要です!


 私たちの主様なのですから!


 堂々と構えて、私たちを顎で使えばよいのです!」



誇らしげに胸を叩くミリィ。



「いや……一介の高校生にそれはちょっと……」



「厳しくても、するのです!」



そう笑顔で言い放つと、今度はその表情を毅然としたものへ変えた。


彼女はすっと片膝をつき、頭を垂れる。


――あの時と同じだ。


二週間前、この世界に来て最初に見た光景が脳裏によみがえる。


その時、不意に左手を取られた。



「っ……!?」



彼女は俺の手のひらに、そっと口づける。



「な、何してるんですか!?」



慌てて手を引く。



「我らが女神、ゼーニス様に誓います」



動じることなく、俺の前に跪いたミリィは、静かに言葉を紡ぐ。



「主たるタイシ様に、嘘偽りなく奉仕することをここに」



そしてゆっくりと顔を上げ、柔らかく微笑んだ。



「……これは、私の国での誓いです」



彼女は静かに立ち上がる。



「どうして……こんな甲斐性のない俺に……」



自然と、そんな言葉がこぼれた。


ミリィは優しく微笑む。



「大丈夫です。


 主様はお優しく、そして強い方です。


 私の直感がそう言っています。


 きっと、あなたは成し遂げます」



そう言い残し、彼女は一礼してバルコニーを後にした。


残されたのは、穏やかな風と静かな空気。



「……直感、か」



小さく息を吐く。


無責任な言葉だ――そう思うのに。



「……でも、悪くないな」



どこか胸の奥が、ほんの少しだけ軽くなっていた。






――十五番領地中心の村から少し離れた場所


木々が生い茂る細道を、土埃を立てながら一団が進んでいた。


日差しはまだ高いが、森の中は薄暗く、どこか湿った空気がまとわりつく。



「おいー、まだ着かないのかよー」



先頭を歩く男が、大きく伸びをしながら不満を漏らした。



「もう少しですよ」



その隣を歩く男が淡々と返す。


その後ろには、およそ二十人。


屈強な男達が無言で続いていた。


鎧の擦れる音と足音だけが、不気味に森へと響いている。



「ったくよぉ……」



男が舌打ちする。



「お前が『領内の女には手を出すな』なんて言うから、わざわざ他所の領地まで来てんだろ?」



「これなら適当に遊んでた方が楽しいぜ」



――まったく、この男は。


隣の男は表情ひとつ変えない。



「この人数で街道を進めば、すぐに露見します」



一度言葉を切る。



「それに各領地の中心には、それなりに発展した町があります」



「そこへ至るまでの小さな集落など……質の良い成果は期待できませんよ」



「へぇ~……」



男は興味なさそうに相槌を打つ。



「でもよぉ。


 そこって領主いるんだろ?


 しかも俺らのクラスメイトが」



「ええ、そうです」



男は淡々と頷いた。



「だからこそ、ですよ」



「倒して領地ごと奪えば、ゲームは進む」



「一石二鳥でしょう?」



「まぁなぁ……」



男はにやりと口角を吊り上げた。



(本当に単純で助かる)



内心で冷笑しながら、男は歩みを緩める。



「……とにかく、もう少し進んだら一度休みます」



「日が落ちるまで待機」



「攻撃は夜――領主邸を直接叩きます」



「あいよー」



気の抜けた返事が返る。


だが、その背後で控える男達の目には獣のような光が宿っていた。



(さて……どいつが領主なんだろうな)



ふと、口元が歪む。



(領地も、人も、全部まとめて奪えばいい)



薄暗い森の中、歪んだ欲望が静かに広がっていく。


そして――


十五番領地に、最初の試練が訪れようとしていた。


穏やかな昼下がりの裏で。


夜の襲撃は、すでに始まっていた。


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