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第三話 現実と幻想の狭間で

気づけば、あれから二週間が過ぎようとしていた。


その間、俺はほとんどの時間を、自分に与えられた部屋で過ごしていた。


――いや、「部屋」というにはあまりにも広すぎる。


一介の高校生が与えられるには不釣り合いな、やけに豪奢で、やけに静まり返った空間。


最初の数日は、その広さにすら落ち着かなかった。


もっとも、完全に引きこもっていたわけじゃない。


外に出ることもある。


――逃げるように。


……自室に備え付けられた、やたらと広いバルコニーに、だが。


外の空気を吸いながら、ぼんやりと仕事に励む領民達の営みを見る。


それが、この二週間でいつの間にか染みついた日課になっていた。


あの、不甲斐なく気絶した日から。


分かったことが、いくつかある。


まず一つ目。


言葉は通じるらしい。


俺は日本語を普通に話しているだけだが、この世界の統一言語である『アルデリ語』と変わらないらしい。


わかったことの二つ目は――この島、『セレンディバー島』についてだ。


島、と呼ばれてはいるが、実際はそう軽く言っていい規模ではないらしい。


地平線の向こうまで続く大地は、もはや小国一つ分に匹敵するという。


にもかかわらず、この島には元々住人が存在しなかった。


理由は単純だ。


――そして厄介でもある。


島の周囲を取り囲む湖。


その水域は常に濃い霧に覆われている。


視界はほぼゼロ。


加えて、その湖には『水竜』と呼ばれる存在が棲みついているらしい。


その眷属達と共に。。


結果として、この島へ辿り着く術は存在しない。


少なくとも――普通ならば。


では、なぜ今、この島に人がいるのか。


それについて、デンスはこう語った。



「この島に集められた人間は、各国で『お告げ』を聞いた者たちがほとんどです。


 王族、貴族、平民……身分は問いません。


 中には罪人も含まれます。


 私も含め彼らは皆、お告げを聞いたその日に眠りにつき、目を覚ますと


 ――それぞれに割り当てられた、この島の家にいるのです」



夢かと思ったが、どうやらそういう現象らしい。


説明になっているようで、まったく納得はできないが。


さらに奇妙なことに。


この島には、俺たち――あの教室にいた人数と同じだけの領地が存在する。


中心にそびえる巨大な山を取り囲むように、扇状に分割されているらしい。


山に最も近い一層。


鉱物資源が豊富で、最も価値が高いとされるエリア。


その外側に位置する二層。


一層と三層に挟まれ、四方を他領地に囲まれる代わりに、穀物などの食料資源が豊富なエリア。


そして最も外側。


霧の湖を背にした三層――ここが俺の領地だ。


攻め込まれにくいという利点はある。


だが資源は乏しい。


要するに、『ハズレ枠』というやつだろう。


……まあ、今さら文句を言っても仕方ない。


三つ目は――俺自身のことだ。


この二週間。


俺の中には二人の自分がいた。


一人は、現実を受け入れきれずに戸惑う自分。


もう一人は、日本で読み漁った異世界小説を思い出して、どこかワクワクしている自分。


もしや、魔法が使えるんじゃないか。


スキルが発現しているんじゃないか。


そんな期待を抱いて、知っている呪文を唱えてみたり、適当な棒切れを振り回してみたりもした。


――当然、何も起こらない。


そのたびに現実へ引き戻されて、また落ち込む。


そんなことを繰り返しているうちに、精神はすっかり不安定になっていた。


我ながら、ひどい有様だったと思う。


それでも。


そんな俺を、文句ひとつ言わず支えてくれた存在がいる。


メイドのミリィだ。


彼女には、いくら感謝しても足りない。


……その異変に気づいたのは、ある朝のことだった。


いつものように朝食を運んできたミリィを、差し込む朝日が眩しくて目を細めながら見たとき――


俺の目に、何かが不自然に浮かんでいるのが見えた。


青白く、半透明の板のようなもの。


そこには、こう書かれていた。



---

ミリィ・オルテリア メイド


STR 1 VIT 1 DEX 1 AGI 1 INT 1 EXP 1

---



……どう見ても、ステータス画面だった。


ゲームで見慣れた、それそのもの。


だが不思議なことに、それはミリィ本人には見えていないらしい。


恐る恐る尋ねると、彼女は首を傾げてこう言った。


「それは、おそらく……領主様だけに与えられた特権かと思います」


領主様。


――つまり、俺のことらしい。


その流れで、少し躊躇いながらも聞いてみた。


魔法とか、スキルとか。


この世界には、そういうものがあるのかと。


すると返ってきたのは――


「なんですか、それ? 食べ物か何かでしょうか?」


――満面の笑みだった。


どうやらこの世界には、魔法もスキルも概念そのものが存在しないらしい。


……期待していた自分が馬鹿みたいだった。


そして最後に。


この世界そのものについて。


文明レベルは、せいぜい中世程度。


電気もなければ、機械もない。


この島の外――大陸には、およそ十五ほどの国が存在するらしい。


意外なことに、世界は平和そのものらしい。


少なくとも、この千年間。


大きな戦争は一度も起きていないという。


そして、その理由こそが――このアイランドゲームだという。



「大陸の国々は、長い間争いを繰り返してきました。


 終わりの見えない戦いに、神はお怒りになられた――と伝えられております」



「ゆえに争いは禁じられました」



「――それでもなお争いたいのならば」



「国籍も出自も関係なく、この島で存分に争え、と」



「そうして、このアイランドゲームが誕生したと伝えられております」



「もっとも……この千年で十三度開催されておりますが、いまだ統一を成し遂げた者はおりません」



淡々と語られたその内容は、あまりにも現実離れしていた。


神だの、ゲームだの。


納得できる要素は一つもない。


だが――。


俺の中には、どうしても引っかかるものがあった。


――退屈なんだ。少し遊びに付き合って。


この世界へ飛ばされる直前に聞いた、あの声。


軽く、無責任で、どこか愉しんでいるような。


それでいて、すべてを見下ろしているような声音。


……あれが、神だというのか。


そんなことを、一人には広すぎるベッドの上でぼんやり考えていると。


コンコンッ――


控えめなノックの音が響いた。



「失礼します」



扉の向こうから現れたのは、執事のアスラーだった。



「お休みのところ申し訳ありません。


 カイから、少々気になる情報が上がってきましたので、ご報告に参りました」



――あの無愛想な男か。


思わず心の中で毒づく。



「……それで?」



投げやりに返す。


するとアスラーは静かに言った。



「実は、十四番領地方面へ偵察に出ていたようなのですが……どうやら武装した集団と遭遇したとのことです」



その瞬間。


部屋の空気が少しだけ変わった気がした。


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