第四十七話 違和感
「わかっては……いたがッ!」
漆黒の闇の中、松明の灯りだけをたよりに、
振り抜いた大槍が、目の前の魔物の胴を深々と貫く。
鈍い手応えと共に、骨を砕く感触が腕に伝わった。
「三層の街道に出る魔物と、強さが全然違うな!」
槍を引き抜くと同時に、魔物は断末魔を上げて地面に崩れ落ちる。
湿った土に血が広がり、鼻をつく鉄の匂いが漂った。
「まぁ、そうだろうな」
横ではカイが、新調した盾で別の魔物の一撃を受け止めていた。
鈍い衝突音が響き、火花が散る。
「新装備の調子はどうだ?」
「かなり、いい」
カイはニタリと笑い、そのまま体勢を崩した魔物を叩き伏せた。
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カイ・レイモンド
領地:アレース(インペリアルガード)
クラス:騎士
サブクラス:パラディン(タクティカルクラス)
武器:シルーブレード STR+2 VIT+2(タクティカルグレード)
効果:相手がこの剣による攻撃を盾で受けた場合、相手はノックバックする
盾 :イモータルシールド VIT+2(タクティカルグレード)
効果:シールドチャージが入った際、相手はノックバックする
上鎧:イモータルアーマー VIT+2 STR+2(タクティカルグレード)
下鎧:イモータルゲートル VIT+2 DEX+2(タクティカルグレード)
腕 :イモータルグローブ VIT+2 INT+2(タクティカルグレード)
足 :イモータルブーツ VIT+2 AGI+2(タクティカルグレード)
ステータス
STR 8 VIT 17 DEX 4 AGI 4 INT 6 EXP 3
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「それで、タイシの方はどうなのよ?」
ミスラが軽やかな動きで魔物を斬り伏せながら、こちらに視線を向ける。
「ん? なんも起きないな」
そう言って俺は、解体作業をミスラたちに任せ、さっさと馬車へと乗り込み、
デンスから受け取っていた、ルールブックの栞を挟んだページを開く。
“解体”。
どうにもこの作業だけは慣れない。
そこは王特権を利用し、さっさと馬車に乗り込んだわけだ。
俺が開いたページは、何度も何度も読み返したページだった。
ここ最近、俺は自分の“ステータス”について検証を続けていた。
今もその一環だ。
三層よりも格上の、二層の魔物を倒せば何か変化があるのではないか――
そう考えて、道中は積極的に戦闘に参加している。
「でもさ、見えなかったとはいえ、“元領主”の竜血四侯……ワカナとかいう女のステータスは見えたんでしょ?」
「あぁ」
「じゃあ、何かしら上げる手段はあるってことよね。今回、分かるかもしれないじゃない」
ミスラの言葉に、アサヒナさんの顔が脳裏をよぎる。
俺たちがアレースを出発してから、すでに一日半。
初日は北のノースガード駐屯地で一泊した。
かつて“北の村”だったその場所は、リオデルカがいた頃とは別物だった。
木造ながらも分厚い防壁に囲まれ、外敵を拒む堅牢な拠点へと変貌している。
夜の静寂の中でも、そこには確かな“守られている安心”があった。
だが――
七番領地に入ってからは違う。
七番領地の南の村は計画通り素通りしたが、カイが何か言いたげにしていたのを俺は見逃さなかった。
結局、彼は何も言わなかったが。
(あの村にも……孤児院はあるのか?)
彼の事情を知っている俺は、胸の奥にわずかな重さが残る。
そんな思考に沈んでいると、馬車の扉が開き、ミスラとカイが乗り込んできた。
蝋燭の灯りが揺れ、薄暗い車内に影が揺らめく。
カイが後ろの壁を軽く叩くと、それを合図に馬車が再び動き出した。
しばらくして――
「あと少しで、領主邸のある村ね」
ミスラが何気なく言う。
「あぁ。ところで八番領地の様子は?」
「相変わらず。でも小競り合いは小さくなってきてるみたい」
(まぁ、そうだろうな……)
こちらを迎え入れる以上、アサヒナさんは無闇に戦線は広げられない。
七番領地が戦闘に消極的になったのなら、八番領地は前線を押し上げるチャンスだ。
だが、カワナミさんならそれはしないだろう。
俺は、日本での彼女たちの印象を、今この時に重ね合わせていた。
「とにかくだ」
俺はミスラとカイを見て言う。
「俺たちのやることは一つだ」
二人は無言で頷いた。
その瞬間――
「灯りが見えてきたっす!」
御者台からジェイクの声が飛ぶ。
その声を聞くと、俺は窓を開け、身を乗り出した。
「ちょっと危ないわよ!」
ミスラの制止を無視して前方を見る。
暗闇の中に、ぽつり、ぽつりと灯る光。
それは確かに、人の営みの気配を運んでくる。
やがて――その全貌が見えた。
「で……でかい……」
思わず言葉を失う。
夜にもかかわらず、その外壁は松明の灯りを受けて巨大な影を落としていた。
カイも天窓から顔を出し、息を呑む。
「こりゃ……また……」
「ちょっと失礼」
ミスラが強引に割り込んできて、俺と窓の間に体をねじ込む。
「ちょっ……反対から見ろよ!」
完全に無視された。
彼女が俺と窓枠の間で定位置を見つけると、
ふわりと、彼女の綺麗な銀髪の香りが鼻先をかすめる。
甘く柔らかな香りに、思考が一瞬だけ鈍る。
無意識に一歩踏み出しそうになる自分を、辛うじて理性で押しとどめた。
「アレースの二倍はあるんじゃない?」
その言葉に、改めて村を見る。
柵に囲まれ、見張り台と門を備えた巨大な集落。
規模だけなら、すでにアレースを凌駕している。
俺達が少しずつ門に近づくと、門が軋みながらゆっくりと開く。
そこに立っていたのは――見知った顔。
「お待ちしておりました」
「アンソニーだったか?」
俺は、馬車の窓から顔を出し言う。
「はい。覚えていて頂き光栄です。この度案内役を仰せつかりました。よろしくお願い致します」
丁寧に頭を下げる彼に、俺は短く返す。
「よろしく頼む」
俺が軽く挨拶をすると、アンソニーは顔を上げる。
「早速ではありますが、本日はもう遅いので迎賓館へご案内致します。そこで疲れを癒していただければと……」
「わかった。馬車はこのまま入っていいか?」
「はい。大丈夫です」
俺達は案内されるまま、馬車で街の中へと入った。
広い道。
整った家並み。
だが――
人が、いない。
馬車の車輪の音だけが、不自然なほど街中に響いていた。
(……まだ寝る時間じゃないだろ……)
家々には灯りがある。
だが、外には誰一人として出ていない。
「なんか……異様ね……」
ミスラが小さく呟く。
「家にはいるみたいだけどな」
「これが……報告にあった“恐怖で支配する領地”ってやつかもね」
空気が、冷たい。
この街の異様さのせいか、実際の気温以上に、肌を刺すような寒さだった。
「……少し寒いわ」
ミスラが腕を抱く。
俺は黙ってローブを脱ぎ、彼女の肩にかけた。
「ありがと……」
彼女は一瞬だけこちらを見て、すぐに視線を逸らす。
その頬を、わずかに赤く染めていた。
俺達の馬車は、異様な街の中を北へと進んでいく。
やがて――
「着きました」
迎賓館の前で馬車が止まる。
アンソニーの声が外から聞こえた。
「あぁ。ありがとう」
馬車の中からそう言うと、カイに目配せをする。
カイは一つ頷くと、最初に馬車の外に出ていく。
外では、ジェイクがアンソニーに馬車と馬の置き場所について尋ねていた。
その間に、カイが周りを凝視し異常がないことを確認すると、軽く馬車の扉を叩いた。
それを合図に、俺とミスラは馬車の外へと足を踏み出した。
外に出ると、そこにはひときわ立派な建物がそびえていた。
質素ながらも、明らかに他の建物とは格が違う。
その立派さもさることながら、俺の驚きの大半を占めるのは別のことだった。
(……早すぎる……)
準備の速度が異常だ。
領地ステータスか――
それとも。
(領民に無理をさせたか……)
背後でゴランが豪快に笑う声がした。
「いやぁ! 馬車は苦手だ! 狭すぎる!」
後ろの馬車から降り立った大男のその明るさに、張り詰めた空気がわずかに緩んだ。
「立ち話もなんですから、中にどうぞ」
無表情でアンソニーが言う。
「そうさせて頂きましょう」
ミスラがそれに応えると、カイが先頭を歩き、アンソニーが開けたドアをくぐる。
中に入ると、温かな灯りと質素だが装飾の施された家具が俺達を迎えた。
外の空気とは対照的な、穏やかな空間だった。
アンソニーが迎賓館について、俺とミスラに説明する間、
カイとゴランは家の中の見回り、ジェイクとインペリアルガードは荷物を運び入れていた。
一通りの説明を終え、アンソニーが問いかける。
「お食事はいかがなさいますか? こちらでご用意することもできますが」
「食材は持ってきてる。気遣いは不要だ。それより明日のことだが――」
俺はずっと気になっていたことを切り出す。
「はい。伺っております」
「じゃあ……」
「はい。主より許可はおりてますので、明日、私ともう一人で領内をご案内致します」
「そうか。ありがとう」
俺は顔色を変えないようにしながら答えた。
「ただ……」
アンソニーがわずかに口ごもる。
「なにかあるのか?」
「軍事施設関連はご案内できないので、そこはご容赦頂ければ……」
「……ああ。それはもちろんだ」
(いや……これはアサヒナさんの指示じゃない気がする)
表情には出さず、内心でそう判断する。
「ご理解頂きありがとうございます」
表情は変えなかったが、少し緊張がほどけたようだった。
「では、他に何か御用がなければ私はこれで失礼しようと思いますが」
「ああ。十分だ。ありがとう。明日もよろしく頼む」
俺は、最後まで威厳を崩さないよう接する。
「かしこまりました。それでは失礼致します」
アンソニーはそう言うと、一礼して迎賓館を出ていった。
彼が敷地外に出るのを見届けると、それまで“演じていた”王の威厳を解く。
「だはぁあああ! 疲れたー!」
俺は一気に力を抜いた。
「なかなか様になってたわよ?」
ミスラがいたずらな笑みを浮かべて言った。
「やればできるじゃねぇか、陛下!」
カイがそう茶化しながら階段を下りてくる。
「あ、二階は異常なかったぜ」
報告も忘れずに。
「一階も異常なしだが……この街は嫌いだな」
珍しく真面目な顔でゴランが言う。
「同感ね……」
重たい空気が流れた。
だが――
「こういう時は、美味しい飯っすよ!」
最後の荷物を運び入れた、ジェイクの明るい声が響いた。
その一言に、自然と笑みがこぼれる。
束の間の休息。
だが――
この街の“本質”は、まだ何も見えていなかった。




